• 新自由主義と共産主義を超克しよう!

歴史社会学(その01)―冷戦構造の崩壊をどう解釈すべきか(加筆)

米国を中心とした戦後の国際システム―パックス・アメリカーナ(米国による世界平和という意味だが、実質的には米国覇権体制に堕落)―①米国の巨大な経済力②ドルを国際基軸通貨とする国際通貨基金(IMF)・関税貿易一般協定(GATT)③米国の圧倒的に強力な軍事力④プロテスタンティズムの倫理に裏打ちされた資本主義の精神―などを柱として、秩序が維持されてきた。しかし、、他ならぬその米国自身が内的には資本主義の精神の衰退、外的には「財政・経常・対外純債務」の「三つ子の赤字」に象徴される経済体質の悪化、産業の国際競争力の弱体化で閉塞状態に陥っている。パックス・アメリカーナの秩序は根底から崩れ始めているのだ。

パックス・アメリカーナはこれからどうなるのか、あるいは、21世紀に国際システムはどのような変貌を遂げるのだろうか。本サイトはこれらの問に、サイト管理者なりの回答を行なってみたい。そのために、「現代」を超長期の歴史的なパースペクティブ(観点)から位置づけることを試みる。

歴史観(歴史哲学)としてはカール・マルクスの唯物史観をたたき台とし、これをマックス・ウェーバーの歴史社会学の観点から再構築する。

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こうして、現代を位置づける視座を明らかにした後、中長期的な国際情勢の展望を行う。

1991年12月末、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が地上から姿を消した。冷戦構造が崩壊してからというもの、マルクス(主義)の威信は地に堕ちた感がある。現代史は、マルクス主義が誤びゅうだったことを明確に示したからだ。もっとも、だからといってマルクス主義に代わる体系的な思想が打ち出され、万民の心を掴んでいるというわけでもない。現代は思想的空白の時代なのだ。一方、共産主義を崩壊に追い詰めた資本主義陣営ではマーガレット・サッチャー、ロナルド・レーガン、中曽根康弘氏以降「新自由主義(新自由主義)」が席巻して、資本主義を蝕んでいった。ケインズ主義を打倒したかに見えた新自由主義も、破綻に向けて一直線で崩壊しつつあるのが現状である。フランシス・フクヤマの著した「歴史の終わり」とは、「終末」の始まりだったのである。

このような文明の転換期の時代にあっては、それにふさわしい思想(マックス・ウェーバーが宗教社会学論文集で述べた「歴史の転轍手」)が創造されるものである。「世界宗教の経済倫理序論」(みすず書房)には次のように記載されている。

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人間の行為を直接に支配するものは利害関心(物質的ならびに観念的な)であって、理念ではない。しかし、「理念」によって創りだされた「世界像」は、きわめてしばしば転轍手として起動を決定し、そしてその軌道の上を利害のダイナミックスが人間の行為を推し進めてきたのである。
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要するに、「世界像」(世界観、歴史的には高等宗教が創造し、経済活動の担い手である中産的生産者層がこれを受け入れ、国王ないし諸侯、政治家が宗教と経済の利害関係を調整しながら新しい文明を築いてきた。アーノルド・トインビーが明らかにした「歴史の研究」は文明を歴史の単位とし、その興亡盛衰を描いているが、文明の根底には神話ないし宗教がある)が個々の人間、民族、人類の価値転換を促し、新しい価値観に基づく人間、民族、人類の行為が歴史を創造してきた、このようにマックス・ウェーバーは見ているのである。

サイト管理者は不気味な様相を呈し始めた今日、21世紀を展望した新たな思想を求める動きが胎動することを期待したい。ここに、思想というのは、新しい文明を創出するための理念と政策体系からなる。その際、たたき台になるのが戦前・戦後、多くの人を魅了したマルクスの唯物史観である。何故なら、マルクス主義は既に崩壊したが、近現代における唯一の世界像であったからだ。

マルクスはその著「経済学批判序文」の中で、次のような歴史発展の「公式」なるものを示した。

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「社会の物質的生産力は、その発展がある段階に達すると、いままでそれ(生産力)がその中で動いてきた既存の生産関係、あるいは、その法的表現に過ぎない所有関係と矛盾するようになる。生産関係は生産力の発展を支えるものからその桎梏(しっこく)へと一変する。このとき、社会革命の時期が始まるのである。経済的基礎の変化につれて、法律や政治、社会意識など巨大な上部構造全体が徐々にせよ急激にせよ、くつがえる」(岩波文庫版)

そして、こうした社会的生産力と社会的生産関係との衝突から勃発する社会革命によって、社会経済体制はアジア的、古代的、封建的、および、近代資本主義的経済体制へと発展し、ついには社会主義経済体制に移行するようになる。そうして、「人類社会の前史は終わりを付ける」(同)という。

ところで、マルクスのこの社会発展の「公式」なるものは、すでに破綻を宣告されている。実際、いわゆる共産革命の起こったロシアや中国、北朝鮮などは資本主義が成立、発展しないままに「社会主義化」しており、マルクスの「公式」では説明できない。

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この問題については、ロシアのメンシェビキに属した女性革命家ヴェラ・ザ・スーリッチがカール・マルクスに宛てた手紙で「ロシアのような後発資本主義国で社会主義革命は可能か」と問い、マルクスが「ロシアのような遅れた国では不可能である」と回答している。

さて、かつての「社会主義国」は今や崩壊し、資本主義的な市場経済(中国の赤い資本主義)へと「逆戻り」しているというのが実情だ。ただし、中国の赤い資本主義は、近代資本主義の成立に不可欠な「禁欲的プロテスタンティズムに裏打ちされた資本主義の精神」が決定的に欠けているため、許認可行政を担当する官僚と政商の汚職がはびこり、中国国民の不満が頂点に達し、歴史的大動乱の時期を迎えつつある。こうした歴史の現実はマルクスの「公式」では全く説明できない状況になっている。

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このパラドックスを解くカギは、唯物史観の「公式」が近現代史の世界史の主役になった欧米文明の歴史に根拠を持っていたというところにある。話は横道にそれるが、日本の昭和初期のマルクス主義者たちはこのことが理解できなかったため、明治維新の性格付けをめぐって「明治維新は市民革命であり、次は社会主義革命を起こさねばならない」とする労農派(滅びた社会党の理論的支柱、若干社会民主党に継承)と、「明治維新は絶対王政の確立なのであり、次には民主主義革命と社会主義革命のニ段階革命が必要である」とする講座派(栄光の自主孤立路線=結果的に対米従属路線を応援する日本共産党の理論的基礎)分裂、マルクス主義運動は対立・構想が続いた。

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さて、パラドックスを解くカギを明らかにしたのが、講座派の理論では飽きたらずマックス・ウェーバーの歴史を頼りに、東大教授で内村鑑三の孫弟子に当たる大塚久雄が提唱した「辺境革命理論」にほかならない。大塚によるとマルクスの唯物史観の「公式」なるものは、次々と生産力を高めながらついには近代資本主義体制の形成にまで立ち至った欧米文明固有の、段階的な歴史発展の経路を叙述したものである。

※本投稿記事は序論です。順次投稿しますので、暫くお待ち下さい。

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