
米国の格付け会社・ムーディーズは今月5月16日、米国債の格付けを最上位のAaa(トリプルA)から次の段階のAa1(ダブルAクラス)に引き下げた。これは同日、下院共和党による包括的な税制・歳出法案の審議で4人の共和党議員が造反したため、下院予算委員会を通過する可能性が小さくなっきたことに合わせたものだ。しかし、18日に再度行われた下院予算委員会の共和党議員の審議で、委員会の共和党議員21人のうち強硬派の4人が「出席」票を投じることで可決が可能になった。このため、米下院予算委員会は18日、トランプ大統領が掲げる減税策を盛り込んだ包括的な税制・歳出法案法案を可決した。本会議での採決に向けて前進した。ムーディーズの米国債格下げは意図的なものであり、反トランプ派の謀略であると見られる。しかし、米国経済に過重な負担を追わせるドル基軸通貨体制(注:現在はペトロダラー制)は終わりを告げようとしており、国際情勢が英米単独覇権体制(トランプ大統領が就任してからは、英単独覇権体制)から文明の多極化体制に転換していることには変わりはない。
トランプ大統領の経済政策は貯蓄・投資バランスの大幅改善
米金融界には、第一次大戦前の大英帝国英単独覇権体制の後継である米英単独覇権体制(現在は第二次トランプ政権の登場で米国が抜けたため、英単独覇権体制に縮小)に与する勢力が存在する。米国は1980年代のレーガン政権以降、巨額の財政赤字と大幅な経常赤字、世界最大の対外純債務残高という「三つ子の赤字」を抱えてしまい、製造業を中心とした産業国家としての国家体制が凋落、金融業界と一部のIT業界が栄えるだけの大格差社会に暗転してしまった。このため、同じ格付け会社のS&Pはリーマン危機後の2011年、フィッチは2023年に米国債を格下げした。
金融業界だけは、国債の増刷や連邦準備制度理事会を頂点とした中央銀行システムの量的金融緩和政策(QE=Quantitative Easing=による市中の有価証券=国債や株式=の買い上げ)などによる「錬金術」で、自国の国債相場高(国債金利は低下)、株式相場高を演出しており、米国の巨大な産業になっている。これは、当時の英米単独覇権体制派には都合が良く、金融業界もこれに与していた。トランプ大統領はこうした英米単独覇権派に与する金融界から、米国経済の主導権を奪うつもりだ。こうしたトランプ大統領の攻勢に反発して、今回のムーディーズの米国債の格下げ発表につながったと見て良い。しかし、ロイター通信が示すように、トランプ大統領に責任を追わせる米国債格下げ引き下げ画策というムーディーズの今回の試みは、奏功していない。
ロイター通信は、米下院予算委員会は18日、トランプ大統領が掲げる減税策を盛り込んだ包括的な税制・歳出法案法案を可決し、本会議での採決に向けて前進したことを伝えている(https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/7DHSOWMQDNPHLBV6DJC5MEG5DM-2025-05-19/)。
米下院予算委員会は18日、トランプ大統領が掲げる減税策を盛り込んだ法案を可決した。本会議での週内の採決に向けて前進した。同委員会は16日に法案を採決したが、メディケイド(低所得者向け医療保険)への支出削減やグリーンエネルギー税額控除の撤廃などを巡り共和党の保守強硬派(注:共和党に残る英単独覇権派と思われる)が反対に回り、否決されていた。
18日の採決では、委員会の共和党議員21人のうち強硬派の4人が「出席」票を投じることで可決を可能にした。民主党議員は全員が反対票を投じ、法案は17対16で可決された。
しかし、金融業界の輝かしい繁栄とリーマン・ショック以降の見せかけの好況とは裏腹に、実体経済では巨額の財政赤字と大幅な経常赤字、世界最大の対外純債務残高という「三つ子の赤字」が米国経済を蝕み続けている。トランプ大統領には席にはないが、米国債の信用低下には必然性があった。米国債の信用低下は、金利で言えば、上昇を意味する。最近の半年間の動きは下図で、既に4.5%に達しており、5%を目指す展開になっている(https://jp.investing.com/rates-bonds/u.s.-10-year-bond-yield)。
トランプ大統領より前の英米単独覇権体制派の傘下にあった米国政権の下での経済体質の悪化で米国債の信用度が低下した結果、世界最大の米国債保有国であった中国は既に、米国債の売却を開始しており、現在は世界で三番目の保有国に順位を下げた。中国が売却した米国債を購入しているのが、英国であり、ケイマン諸島(英領)である(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/bfb0126a41edb17ddf1f9201814c7633b57d423d)。
米財務省が16日に発表した2025年3月末時点の対米証券投資統計によると、海外勢の米国債保有額は9兆500億ドルとなり、前月の8兆8100億ドルから約2330億ドル増加した。外国勢による米国債購入は2か月連続で拡大し、過去最高を更新した。
対米証券投資統計のなかの国別の米国債保有高 https://ticdata.treasury.gov/resource-center/data-chart-center/tic/Documents/slt_table5.html
中国が2位から3位に転落し、その代わりに英国が2位に浮上した。2019年半ばに日本に抜かれるまで最大の米国債保有国となっていた中国は、2021年から2024年前半にかけて保有額を縮小させてきた。2025年3月の売買動向では190億ドルの米国債の売り越しとなった。長期債の売越額は275億ドルの売り越しとなり、比較可能な2023年2月以降で最大となっていた。 英国の保有額は7793億ドルとなり、290億ドルの買い越しとなっていた。英国の保有については湾岸産油国の資金が多いとの観測もある(注:英領ケイマン諸島は4553億ドル。英単独覇権主義勢力は中国が売却した債券を代わりに購入すいることで、大規模な損失を被ると見られる)。
最大の米国債保有国である日本については前月比49億ドル増の1兆1308億ドルとなっていた(注:日本は最大の対米債券投資国だが、相当の損失を被ると予想される)。
こうした米国債の信用低下の反面、金地金相場が再び注目されている。金地金相場は米国と中国の「関税戦争」が勃発して以降、複雑な動きを見せていたが結局、収束し(https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/05/12b04b95d92569e2.html)、このところ再上昇の気配に戻している。
米国のトランプ政権は5月12日、米国と中国の経済と貿易に関する会談の共同声明
を発表した。米国が中国に課している125%に達した相互関税率を引き下げ、他国・地域と同様の10%のベースライン関税を適用する。中国側も同様の措置をとる。今後は、協議継続のための枠組みを設置する。なお、トランプ政権は今回の関税引き下げに関する大統領令
も公表した。
三菱マテリアルによる過去一カ月と一年間の金地金相場の推移は次のようになっている(https://gold.mmc.co.jp/market/gold-price/)。
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こうした動きからすると、トランプ大統領が再度就任しなければ、米国債の激落ないし崩落は実現味があった。トランプ大統領は、これを抑えようと尽力していると見られる。そのための方策が、米国経済を製造業を中心とした筋肉質の産業国家に罰本転換することである。こうした時代の要請に応えて登場したのが、まさに、第二次トランプ政権である。トランプ大統領は関税政策を通して、米国の経常赤字を削減するとともに、海外諸国(サウジアラビア=エネルギー開発のための1兆ドルの対米投資協定=や台湾=TSMCの1000億ドルの対米投資=、日本=ソフトバンクやトヨタ、日清食品など予定では総額1兆ドルの対米直接投資、石破茂首相が言明したが言話だけで、実態は民間企業の自己責任=など)から多額の投資を得ることにより、製造業を復活させることに布石を打ちつつある。
最近では、ホンダが米国でハイブリッド車の現地生産を行うことを表明したり(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250524/k10014815461000.html)、トランプ大統領が日本製鉄とUSスチールのパートナーシップを承認する意向を明らかにしている(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250525/k10014815731000.html)。
自動車メーカーのホンダは、アメリカの主力工場の1つを公開しました。現地で人気が高まっているハイブリッド車の生産に力を入れるとともに、トランプ政権の関税措置などを踏まえ部品の現地調達もさらに進めることを明らかにしました。自動車メーカーのホンダは、アメリカの主力工場の1つを公開しました。現地で人気が高まっているハイブリッド車の生産に力を入れるとともに、トランプ政権の関税措置などを踏まえ部品の現地調達もさらに進めることを明らかにしました。
ホンダが23日、報道陣に公開したのは、アメリカ中西部インディアナ州にある工場で、年間およそ25万台を生産し、単一の生産ラインとしては最大規模だということです。
日本製鉄とUSスチールのパートナーシップについては、株式取得比率が焦点になっているようだが、今月30日に発表の予定になっている(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250525/k10014815731000.html)。
日本製鉄によるUSスチールの買収計画をめぐり、アメリカのトランプ大統領は、両社のパートナーシップを承認する意向を明らかにしました。一方で、日本製鉄が目指す完全子会社化への言及はなく、株式の取得比率などが焦点となります。日本製鉄によるUSスチールの買収計画について、トランプ大統領は23日、自身のSNSに「熟慮と交渉を重ねた結果、USスチールがアメリカに残り、本社も偉大な都市ピッツバーグにとどまると発表できることを誇りに思う」と投稿しました。
そして、「これはUSスチールと日本製鉄の間で計画されたパートナーシップであり、少なくとも7万人の雇用を創出し、アメリカ経済に140億ドルの経済効果をもたらす」などと投稿し、両社のパートナーシップを承認する意向を明らかにしました。これに対し、日本製鉄は、両社のパートナーシップを承認したトランプ大統領の英断に心より敬意を表するとするコメントを発表しました。
一方、経常赤字削減についてトランプ大統領は、関税での対応を中心にしている。「IT大手のアップルのiPhoneや韓国のサムスン電子などのスマートフォンについて、国内で生産せずに輸入する場合、関税を課す意向を示しました」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250524/k10014815401000.html)し、欧州連合(EU)加盟の欧州諸国に対しては50%の関税を課すと表明している(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-23/SWPQ4YDWLU6800)。
トランプ米大統領は23日、欧州連合(EU)からの輸入品に6月1日から50%の関税を課す考えを示した。またスマートフォンへの25%の関税賦課案についても、全ての海外製デバイスに適用されると述べた。貿易戦争をさらに激化させ、市場の動揺を誘い、企業に混乱をもたらしている。トランプ氏は23日、EUとの交渉が引き延ばされていると非難し、米企業が訴訟や規制によって不当に標的にされていると改めて主張。6月1日に発動予定の追加関税をEUが回避できる可能性については懐疑的な姿勢を示し、「合意は成立した。50%だ」と強調した。
Bloombergによる 大統領執務室で記者団に対し「彼らは正しいやり方をしていない。そろそろ、私のやり方でゲームを進める時だ」と主張した(注:欧州連合=EU=からの輸入品とは、EU加盟欧州諸国のことと思われる)。
なお、EU加盟諸国からの輸入品に対して50%の関税を課すというのは、英単独覇権覇権体制(現在、英国主導で独仏などが傘下にある欧州リベラル左派全体主義官僚独裁制政権のこととほぼ同じ)解体の狙いもあると見られる。英単独覇権覇権体制側は、欧州諸国にトランプ大統領を支持する右派政権の誕生を阻止しようと躍起になっている。これに対する、トランプ大統領の圧力が、英単独覇権覇権体制側諸国を狙った輸入関税率50%という米国市場からの締め出しだろう。
例えば、欧州連合加盟国のルーマニアでは憲法裁判所が昨年11月に行われた大統領選挙で、右派のかりん・ジョルジェスク氏が大統領に選出されたが、憲法裁判所が選挙を無効と判断した。このため、再選挙が5月4日に行われ、「極右(注:右派国民勢力)のルーマニア統一同盟(AUR)候補のジョルジェ・シミオン氏が得票率40.96%でトップ、無所属で現ブカレスト市長のニクショル・ダン氏が20.99%で次点となった。両者の決選投票は5月18日に行われ」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/05/f9a996db228b3fb7.html)たが、結局、「開票はほぼ終わり親ヨーロッパ路線の継続を訴える首都ブカレスト市長のダン氏が、極右政党の党首を得票率で上回り勝利を宣言しました」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250519/k10014809581000.html)という摩訶不思議な結果に終わった(https://www.youtube.com/watch?v=z4_udhrmElE&t=35s)。

トランプ大統領の関税政策について、別の視点から見てみる。一国の経済には貯蓄・投資バランスという重要な関係がある(https://www2.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/macroecon/lecture04.html)。これは、次のようなものだ。
民間部門の貯蓄超過(S-I)=財政赤字(G-T)+経常収支黒字(EX-IM)
というものだが、米国では、「1980年代の米国は民間部門の貯蓄不足,財政赤字と経常収支の赤字の組合せになっていました.後者の2つの赤字のことを『双子の赤字』(twin deficits)
と称しているのは余りにも有名です.その後,米国の財政収支はクリントン政権の下で大幅に改善しましたが,W.ブッシュ政権の下で2002年度から再び大きな赤字を出してい」る。トランプ大統領の経済政策は、製造業主体の産業国家にすることで、貯蓄・投資バランスを大幅に改善させようとするものだ。民間部門の貯蓄、投資ともに増加させながらも民間部門の貯蓄不足を解消させるとともに、財政赤字の縮小と経常赤字の大幅削減を同時に実現させようとするもの見られる。対外純債務残高は経常赤字の累積学だから、経常赤字の大幅削減に成功すれば、同残高の増加額は小さくなる。
なお、ドルをいつまでも基軸通貨としていては米国経済が持たないので現在、トランプ大統領はペトロ・ダラー(中東産原油はドルでしか購入できない制度)を改め、ベトロダラー2.0制に移行しようとしている。これについて、国際情勢解説者の田中宇氏は、5月21日に投稿・公開された「中国が捨てた米国債を買うのは・・・(https://tanakanews.com/250521tbill.php、有料記事=https://tanakanews.com/intro.htm=)」で、次のように分析している。
分析記事のリード文は「ドルや米国債の独占が崩れ、非米側の決済システムとして人民元や金地金が台頭している。中共は金地金を買い漁り、人民にも株や不動産でなく金地金を買えと勧めている。ドルは格下げされ、金地金は格上げされている。金相場は最近、史上最高値から反落しているが、いずれまた上がり、最高値を更新する」。今後の国債決済システムは、次のようになるという。
中共は国家系の資産として、米国債を売る代わりに金地金を買っている。これまで世界は米単独覇権体制で、中国もドルで得た輸出代金を米国債に替えて備蓄していた。だが今後の多極型体制下では、決済体制が変わる。世界経済の大半を占めるようになる非米側は、人民元など諸大国の通貨で貿易決済し、中長期的な貿易不均衡を金地金の受け渡しで精算する。ドルや米国債の需要が減り、金地金の需要が増える。(Big Money Is Turning To Gold – Here’s Why You Should Pay Attention)
今後の国際決済システムは、ブラジルのリオデジャネイロで7月7日と8日に開かれるBRICS首脳会議で、取り敢えず非米側陣営(トランプ政権下の米国がこっそり入っている)の青写真が示される見通しだと言われている。
ウクライナのザルジニー前総司令官、領土の放棄匂わすー政権内部で権力闘争活発化か
ロシア在住のニキータ氏のYoutubeチャンネル・「ニキータ伝〜ロシアの手引」によると、ウクライナ軍は相変わらずロシアのブリャンスク州、クルスク市、ベルゴロド州などの民間施設・民間人などを対象としたドローン攻撃を行っているとのことだ。このため、ロシアのプーチン大統領はウクライナのスミィ州、ハリコフ州、ドネプロペトロフスク州、首都・キエフ市に隣接しているチェルニゴフ州に緩衝地帯を創設、ロシア軍が管轄(管理)することを主張しているという。要するに、ロシアの併合地域がドネツク州、ルガンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州にえて、新たに4州が加わるということで、首都であるキエフ市の市民も慌て出しているとのことである。これは、キエフ政権内の権力闘争を深刻化する。
こうした中で、ロイター通信が報道したところによると、ウクライナ軍の前総司令官で駐永大使に左遷されたザルジニー氏が、ロシアが占領しているウクライナの領土のロシアへの譲渡を容認する考えを示したという(https://jp.reuters.com/world/ukraine/NSKBPKAFJZMYRE6JWLF364LSWI-2025-05-22/)。
ウクライナは1991年のソ連崩壊後、ないし2022年のロシアによる侵攻開始時の領土を回復するという考えを現実的には放棄せざるを得ない――。ウクライナのメディア「RBKウクライナ」は22日、バレリー・ザルジニー前総司令官が首都キーウで開かれた会合で、こうした見方を示したと伝えた。現在駐英ウクライナ大使を務めるザルジニー氏は24年2月、総司令官を解任された。それ以前の数カ月、ゼレンスキー大統領との確執が何度も報じられていた。
ウクライナ政権内部で権力闘争が行われている可能性が高いことは既にお知らせしたが、この記事はそのことをさらに、裏付けする内容である。ただし、ロシアのプーチン大統領の終戦・和平に向けての要求である「紛争の根本原因の除去」になるかどうかは、不明だ。「紛争の根本原因」とは、ウクライナに根強い「ネオ・ナチ勢力」の一掃であると思われる。