野口悠紀雄著「虚構のアベノミクス」を読んで―破綻した新自由主義になおこだわり【補強】

早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄氏が、ダイヤモンド社から最新刊「虚構のアベノミクス」を出版されている。サイト管理者は新聞記者時代に一橋大学時代の野口氏には三度ほどインタビューし、数ある著書の中から適宜選択して拝読、大変勉強させてもらった。今回の「虚構のアベノミクス」も説法鋭く、その慧眼に「やはり」と唸った次第である。しかし、野口理論の本質は、財政政策の役割を否定する新自由主義になおこだわって(新聞記者時代に、日本で初めての「合理的期待主義者」と聞いたことがある)おり、失望を禁じ得なかった。

アベクロノミクス(アベノミクス)批判に関して、著書は鋭い洞察力を発揮しておられる。サイト管理者がなるほどと思い、国民の皆様にも広く理解していただきたい内容を箇条書きにしてみる。

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  1. 国債中心に二年間で百兆円の書いオペレーションを行うことを柱とする黒岩日銀の「異次元金融緩和政策」なるものは、「貸出が増えない限り、(その)目標は実現できない」(18頁)。「マネタリーベースは計画通り増えないし、(例え、ある程度増やしたとしても)貸出も増えない(注:企業からみると民間設備投資が大幅に増加することはない)ので、マネーストック(注:マネーサプライ)も増えないだろう。したがって、物価目標も達成できないだろう」(24頁)。要するに、実体経済が良くなってこそ、マネーストック(マネーサプライ)が増え、長期デフレ不況を克服、安定的な物価上昇を実現することができる。
  2. ただし、安倍晋三政権と黒岩日銀がアベクロノミクス(アベノミクス)の失敗を隠蔽するため、財政出動を行い、日銀がそれに必要な新発国債の間接的な引き受け(市中金融機関が購入した新発国債を日銀が買いオペと称して購入すること、事実上の国際中央銀行引き受け)を行えば、日本国債の信用がなくなり、「日本売り」(国債金利急騰、株安、円安)が生じる(18頁から23頁)。サイト管理者が何度も警告しているように、「ハイパースタグフレーション(大不況下の物価高騰)」が起きる。
  3. 円安は進んだが、実体経済はまったく動いていない。特に、市場制資本主義のエンジンである設備投資は全くの不振で、「減少が止まらない」(52頁以下)。
  4. 円安になっても輸出数量は増加していないし、むしろ、貿易赤字は拡大する。現下の貿易赤字拡大は一時的なJカーブ効果とは異なる。貿易赤字は生産の海外シフト、価格競争に陥らないための高付加価値製品を製造する産業構造の転換・高度化に失敗した定着したことなどから、最早構造的なものになっている。ただし、海外からの純利子、配当の受け取りなど所得収支は大幅に黒字化しているため、貿易収支と所得収支を合わせた経常収支は赤字になることはない。黒字が続く(第3章)。サイト管理者の見方では、日本のひとつの方向性として「金融立国」を目指すべきとの提言が示唆されているように思われる。この点は、賛同させていただきたい。

これらが、アベクロノミクス(アベノミクス)がアベコベノミクス、アホノミクスと呼ばれる所以である。その論点には大いに賛同する。しかし、ではどうすれば良いのかということになると、これについて著者は「経済的保守主義」に未だこだわっており、失望を禁じ得なかった。

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「経済問題に関していえば、保守主義とは、本来は、自己責任原則と自助努力の原則の貫徹だ。したがって、市場の機能を重視し、政府の役割を最小化しようとする。具体的な政策としては、規制緩和、金融引き締め、緊縮財政が選択される」(210頁、なお、本来は「金融緩和」のところだ。こうした著者の意味での「経済的保守主義」を採用した国は寡聞にして聞かない)、「怠けた人が救われて、真面目に働いた人が負担を負うのでは不公平だ。真面目に働いた者が、そしてそうした人だけが、それにふさわしいリワード(報酬)を受けられる社会にすべきだ」(211頁)と述べ、政治的価値判断の問題としながらも、著者はつまるところ、経済的保守主義の路線を貫けと言外に主張する。次の言葉を見れば、あきらかだ。

「しばしば『新自由主義』と呼ばれた『(経済的)保守化』の行き過ぎに対して、二〇〇〇年以降、批判が高まり、またアメリカの住宅価格バブルや経済危機のような問題が顕在化した。しかし、基本的な方向づけが変わったわけではない。修正をしつつ(以下に見るように、実際のところはケインズ政策のつまみ食い)基本的にはいまに至るまで、八〇年代以降の方向が続いている」(213―214頁)

ここを読めば、著者が現時点で「修正をしつつ」も新自由主義にこだわっていることが分かる。なお、本書全体で著者は「金融緩和で日本は破綻する」と主張しているが、それでは金融政策はどうするのか。少なくとも「金融中立」ということになるのか。あるいは、円高誘導のための「金融引き締め」かも知れない。この点が、なんともすっきりしない。言えることは、財政引き締め+金融引き締め、あるいは、財政引き締め+金融中立のポリシー・ミックスのいずれも、長期にわたる恐慌型デフレ大不況に直面している日本を破綻させるということである。

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こうなった理由は、著者が市場原理を否定したと見る戦時経済体制の「1940年代体制」を徹底的に批判するからである。著者は1940年代体制の構築者と見る革新官僚・岸信介を、阪急東宝グループの創業者であり、第二次近衛内閣の商工大臣だった小林一三(いちぞう)の発言を借りて、「(経済的)アカ」として忌み嫌い、安倍晋三政権を「まさに革新官僚の方向を継承しようとしている」と批判する(213頁)。

これに対して、サイト管理者は次の点を指摘し、批判したい。

  1. 新自由主義は金融政策の有効性のみを主張するミルトン・フリードマンのマネタリズムから始まったが、新自由主義を採用した英国のマーガレット・サッチャーは同国が経済危機、財政危機に陥り、最悪の「税制」である「人頭税(赤ちゃんにも税金をかける)」を打ち出して失敗、政権の座を負われた。主流は経済学を批判し続けた森嶋通夫も容赦なくサッチャリズムを批判している。
  2. 米国で新自由主義政策を取り入れたロナルド・レーガン大統領は結局のところ、ウルトラ・ケインジアン政策を採る羽目に陥り、結果として同国を、①巨額の財政赤字国②大幅な経常赤字国③世界最大の対外純債務国―に陥れ、世界の経済の最大の不安定要因を作ってしまった。米国が採用したのは財政・金融政策の発動―つまり、ケインズ政策―である。かつ、大幅な軍備拡張を行い、軍産複合体と癒着した。
  3. レーガン大統領はソ連を始めとした共産主義国と軍備拡張競争を行い、ハッタリながら「スター・ウォーズ計画」などもぶちあげて、ソ連を崩壊させた。しかし、もともと、市場経済を否定するソ連型の社会主義国は資源の最適配分を行うことができないシステムに陥っており、内部崩壊は必然的であった。
  4. レーガン、父ブッシュと続いた共和党政権下で生じた巨額の財政赤字は、ビル・クリントン大統領が行ったケインズ政策(財政出動)で一時的に解消した。ただし、ゴールドマン・サックスの会長だったロバート・ルービン財務長官が「強いドル」と言って金融帝国主義の方向を明確にしたため、おかしくなった。
  5. これについては、著者も気がついていないはずがない。同じくダイヤモンド社刊行の「円安バブル崩壊―金融緩和政策の大失敗」40頁以降に次のように述べている。「対外経常収支の赤字国では、通貨が減価して経常赤字が縮小するはずだ。しかし、資本流入があると逆に増加してしまう。そして、同国の資産価格が上昇し、支出を刺激するため、経常収支はさらに悪化する。アメリカのケースは明らかにこれに該当する」。つまり、米国が国内出の削減・ドル安誘導という経常赤字削減策(ドルの過剰流動性の削減策)という本来採用すべき政策とは逆の政策を採り、当時の小泉純一郎―竹中平蔵売国奴コンビが円安誘導政策を受け入れて、これに協力したため、リーマンショックが起こった。米国の「三つ子の赤字」が世界経済不安定化(ドルの過剰流動性によるバブルの発生と崩壊、実体経済の大不況下)の最大の原因なのである。同国は基軸通貨としてのドルの位置にしがみつくことに固執している。具体的には、環太平洋連携協定=TPP=に日本を誘い込んだり、海外の反米勢力を弾圧・鎮圧するため、CIAによる謀略とペンタゴンによる軍事兵器を使用し続けている)ため、根本的な問題の解決は現状、不可能である。
  6. 唐突だが、1963年11月22日金曜日12時30分(現地時間)に起こった戦後の米国政治史上最大の「恥部」であるジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の真相は未だ、明らかでない。リー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯説が米政府の公式見解だが、茶番見解であることは誰の目にも明らかだ。これについて、クレイ・ショー裁判が行われ、「ニューオリンズのジム・ギャリソン検事は、1967年3月2日、ニューオリンズの実業家クレイ・ショーを大統領暗殺に関わる陰謀罪で逮捕した。ギャリソンはクレイ・ショーがCIA経由でケネディ暗殺事件に関わっており、事件はCIA、軍部、国家の関与するクーデターであると主張した。裁判はギャリソンが敗北するが、後に、CIAがウォーレン委員会(公式の大統領暗殺事件の開明機関)の批判者たちへ圧力をかけたこと、クレイ・ショーが実際にCIAのために働いていたことが公的に示された。1991年に公開された映画『JFK』はクレイ・ショー裁判をモデルにした作品である」(ウィキペデア)。
  7. 米国、そして世界を操っているのは、「正統派経済学」とされている新自由主義で「支えられた」国際金融資本とアイゼンハワー大統領が離任演説で警告を発した軍産複合体、それにマフィアであると思われる。ケネディ大統領はフランク・シナトラと仲が良かった(マリリン・モンローとは異なる愛人を紹介された)が、シナトラがマフィアとつながっていたことは公然の秘密である。にもかかわらず、ケネディ大統領はマフィア取り締まりを強化しようとしていたため、マフィアの目の敵になっていた。
  8. ただし、大規模な財政政策やQE1/2/3という異次元金融緩和政策にもかかわらず、同国の失業率は高止まりしており、出口は見えない。これについて、著者は230頁で、「アメリカ経済の問題は、生産面にあるのではなく、分配面にある。これに対する処方箋は、金融緩和のようなマクロ政策ではない。社会保障制度を充実させたり所得税の類震度を高めたりすることによって、所得の再分配を進めることである」と「経済的アカ」の思想を主張している。これは、悪く言えば典型的な論理矛盾、良く言えばケインズ政策への軌道修正である。
  9. 本書はこうした実態のある米国を相当の程度で持ち上げているが、いかがなものか。
  10. 日本では中曽根康弘首相が新自由主義を広め、経済企画庁(当時)から財政政策の必要性を主張する経済官僚を「ケインズ主義者」として一掃したが、これによって対米隷属の強化と財政政策の有効性を否定する「空気」が蔓延した。「戦後政治の総決算」というのは、全くの逆コースであった。なお、岸信介については、外務省の国際局長、駐在イラン大使、防衛大学を歴任した孫崎享氏のベスト・セラー「戦後史の正体」によると、CIAに騙されたふりをしながら、米国に有利な旧日米安保条約(極端に言えば、占領軍の「無期限駐留」と「反米活動」を武力で弾圧する条約)と、事実上の「日本国憲法」である「日米行政協定(後に、地位協定)」の改定に努め、政経分離で中国との交流を深めようとした人物である。それが、米国の支配層の逆鱗に触れて、同国が裏で煽った「安保闘争」で首相の座を追われた。「アカ」などと批判するのは、浅薄のそしりを免れない。
  11. 著者は日本の財政危機を本書の至るところで警告しているが、一般会計に特別会計を合わせた総予算の組み換えで、思い切った財政政策を展開できる。特会は、毎年余剰金が発生しており、みんなの党でさえ指摘している「埋蔵金」は数十兆円の規模で確かに存在すると思われる。かつ、大半が米国債で運用している外貨準備高は100兆円を超える。ただし、大幅な経常赤字国の米国にはドル紙幣を刷って「返済」することしかできないが、そうすると、米国債の信認が激落することは目に見えているので、できない。従って、返済の意思も能力もない。著者はこの事態をどう見るのか。
  12. 著者はGoogleの凄さをことあるごとに指摘するが、Googleはオペレーティング・システムとしてWindowsではなく正統Unix系のオープンソース(OSS)であるLinuxを採用しており、公式言語としてはこれまた仕様が公開されているPython、JAVA、C++しか認めていない(2012年末現在)。OSとか言語は本来、現代物理学の理論のように、社会的共通資本の一種であるから、無償で公開(中身を明らかにすること)すべき性質のものである。しかし、マイクロソフトはMS-DOS(ビル・ゲーツの独創によるものではない)を2.xまでただで配布して16ビットパソコンのOSとしての地位を確保した後、3.x以降、こともあろうに有償化した。Windows3.1/95/98/MEは技術的には失敗作(パソコンは、何度となくハングアップした)であったが、16ビットパソコンのOSとして市場を制覇したMS-DOSの延長線上にあったため、経営的には大成功を収め、独占的利益を手に入れることができた。かつ、日本のパソコン界の王者であったNECとジャストシステムを倒した。その後、DECのUnix系OSであるVMSの力を借りて、やっとまともなOSになった。
  13. ただし、ユビキタス時代の到来で、情報機器としてはパーソナル・コンピューターだけでなくスマートフォン、タブレットが急激に市場を獲得しており、そのOSは中身が公開され、応用が効くLinux系のアンドロイド(CPUはインテル系ではなく英国のARM系)が圧倒的なシェアを得ている。恐らく、フィンランドのノキアと提携したとは言え、スマートフォンでのマイクロソフトの出番はないだろう。「天網恢恢疎にして漏らさず」。悪徳商法を含めた悪事はいつかは罰せられる。しかし著者は、米国経済、産業界の問題については、「ノータッチ」を貫く。
  14. 福島第一原発事故は優れて経済問題でもある(80頁で、貿易赤字拡大の大きな要因として、原発の代替エネルギー源として活用するようになった液化天然ガス輸入の増加を指摘している)にもかかわらず、今後のエネルギー政策については、素通りしている。
  15. 金融帝国主義国家と化した米国(欧米文明)の時代は終わり、東アジア文明の時代が到来しようとしているとの指摘が多い(サイト管理者もその一人)が、著者の歴史認識は明確でない。
  16. 経済的保守主義の範疇に入る「変形新自由主義」の必要性を叫び、財政の所得再配分機能などケインズ主義の一部は認めている。これは、論理的にすっきりしない。また、リチャード・マスグレイブの説いたように、財政には市場原理の限界を補う上で、「所得再配分、資源再配分、経済安定化機能」の三大機能がある。財政の所得再配分機能の活用を指摘するだけでは不十分である。
  17. 最後に、著者は民間企業の設備投資が増えていないことを極めて重視しており、企業経営者や投資家は新しい需用を喚起して、そのための設備投資を行うべきだと主張する(「新しい酒(国民の望む新規需要)は新しい革袋(新規設備投資を中心とした産業構造の転換)に入れなければならない=新約聖書マタイ伝9章17節=」238頁)という。しかし、投資家や民間企業の経営者は先が読めないからリスクをとって投資するということができないのであり、そういう「理想」を言っても意味がない。また、「規制緩和」の実態が、新たな政官業癒着の構造(1940年代体制の悪弊)を生み出すだけであることを想起する必要がある。

以上が、サイト管理者の現時点(2013年8月26日)での「虚構のアベノミクス」を拝読させていただいた感想である。新自由主義はそれだけではうまく行かないから、こっそりケインズ政策を引用する。抜本的な経済社会の構造改革には少なくとも、①企業による政治献金の廃止(当たり前だが、日本国憲法によれば選挙権を持つのは日本の国民だけであって、法人には選挙権がない。その選挙権がない法人企業が政党に対して、「合法・非合法」の献金を行うから、政治家が政治屋と堕してしまい、国民の福祉の向上を無視する)による国内外のハゲタカを撲滅する②官僚(特に、財務省高級官僚)の天下りを廃止し、シロアリを抜本的に退治する③党執行部独裁体制=民主集中制を阻止するため、政党助成金は党所属国会議員に按分するとともに、党内民主主義確保のため、理念と政策による政策集団を形成、公党の活性化に役立つように工夫する④中央省庁が地方自治体を縛ることを防ぐために補助金を全廃し、税源を移譲、地方分権を確立する(③と④は追加)「正統派経済学」と言われているものの虚構性を明らかにし、「財政主導・金融フォロー」の真の正統な経済政策へ抜本転換する④日本と新興諸国が立ち上がって、国際連合の抜本的改革を行い、米国を債務国として債権者の管理の下に置き、同国の経済社会の真の再建を図る―ことが必要である。そのうえで、自立と共生の理念に基づく共生共栄友愛社会の創出に向けて国民が立ち上がらなければならない。

 

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