ウクライナのロシア・クルスク州侵攻、大失敗ー侵攻理由にプーチン大統領停戦拒否、非米側陣営の独自システム構築に時間

ウクライナの機械化精鋭軍が8月6日、同国国境東側のロシアのクルスク州に電撃的な侵攻を行い、米側陣営のメディアでは1294平方キロメートル(36キロ四方)の地域と100の集落を掌握したと伝えられている。米側陣営のメディアでは侵攻の目的について、一般的に、①ロシア軍の戦力分散のため②停戦もしくは終戦を有利に運ぶためーなどと見られているが、見事に失敗している。ロシア軍は軍事力を分散しないで、ウクライナ東部の要衝であるポクロウシクを占領する勢いであり、首都のキエフも攻撃対象になっている。また、ゼレンスキー大統領に会って停戦の仲介をすると伝えた後、プーチン大統領と電話会談を行ったインドのモディ首相は、「ロシア西部クルスク州へのウクライナ軍の越境攻撃を受けてウクライナ側と和平について話し合うつもりはない」と重ねて伝えた。クルスク州への電撃的侵攻は戦略的な大失敗だった。

ウクライナ軍のクルスク侵攻、ゼレンスキー大統領は関与できず

日本のメディアの外信部は、米国の通信社や新聞社の翻訳作業メインの仕事だが、これに自社の価値観を盛り込む。その最たるものは、日本経済新聞社(完全にカマラ・ハリス氏支持の観点から紙面・サイト作りを行っている)と思われる。ただ、事実関係を捻じ曲げることはあまりないようだ。NHKも同法人の価値観を露骨に盛り込むことはあまりないようなので、ここではNHKの報道を利用することにする。NHKはウクライナ東部の戦況について、ゼレンスキー大統領が次のように語ったと報道している(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240828/k10014552121000.html)。

ゼレンスキー大統領 “ウクライナ東部では難しい防衛戦”

ウクライナのゼレンスキー大統領は首都キーウで開かれた記者会見で、ウクライナで製造した弾道ミサイルの実験に初めて成功したほか、欧米から供与されたF16戦闘機の運用がすでに始まり、ロシア軍のミサイルなどを破壊したと述べました。また、シルスキー総司令官もビデオ通話で参加し、ロシア西部クルスク州への越境攻撃で、これまでに1294平方キロメートルの地域と100の集落を掌握し、ロシア軍兵士594人を捕虜にしたとしています。

一方で「ポクロウシクの戦線の状況はかなり厳しい。敵は人員や兵器で優位に立ち、大砲や航空戦力を積極的に使ってくる」と述べ、ウクライナ東部では難しい防衛戦が続いているという認識を示しました。

一方、インドのモディ首相とプーチン大統領との電話会談については、「インド首相 プーチン大統領と電話会談 ウクライナ和平交渉促す」と題して、次のように報道している(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240827/k10014561551000.html)。

インドのモディ首相は、ロシアのプーチン大統領と電話会談を行ってウクライナ情勢について意見を交わし、戦闘の終結が見通せない中、(注:プーチン大統領とぜレンスキー大統領の双方を含む)和平交渉を促しました。(中略)

一方、ロシア大統領府によりますと、今回の電話会談でプーチン大統領は紛争解決の方法についてロシア側の立場を説明したということです。プーチン政権は、ロシア西部クルスク州へのウクライナ軍の越境攻撃を受けてウクライナ側と和平について話し合うつもりはないという意向を繰り返し表明していて、戦闘の終結は見通せない状況です。

インドは米側陣営、非米側陣営の双方の顔を立てる「こうもり外交」を行っているが、どちらかと言えば、ロシアと政治・経済的に密接な関係を結んでおり、親ロ派と言って差し支えない。今月6日のウクライナのクルスク侵攻以来、米側陣営のメディアはウクライナ礼賛一色に近いが、そんな中でもクルスク侵攻に疑問を持つ報道も出てくるようになった。東洋経済ON LIENが公開した「ロシア領侵攻で高まる世界戦争への発展可能性」(https://news.yahoo.co.jp/articles/88d6c0e1b0141d44c398be14a8f3050f5e395b7c)はそのひとつである。

2月にドネツク近郊の要塞アウディーイウカ(アフディフカ)が陥落して以後、ロシアの東部戦線における進撃は止まることがない。だから、防戦一方のウクライナが、いわばそのロシアに奇襲攻撃をかけたということである。これは陽動作戦なのか目くらまし作戦かはわからないが、ロシア国境を越えて侵入したという点で、ウクライナは新たな選択をしたといえる。しかし、正直に言えば、宣伝効果的側面は評価されるものの、実質的意味は悲劇的なものといえるかもしれない。(中略)

そこで考えられるのは、一種の陽動作戦だったということだ。ドンバス地域での不利な状況を打開するため、ロシア軍の手薄なクルスクを攻撃することで、東部のロシア軍をそちらに移動させるという考えである。しかし、ロシア軍の総合力からいって、移動させる必要もないことは明らかである。とすると、停戦に向けて有利に進めるための交渉作戦か。クルスク地域はガス・パイプラインと原子力発電所という、ロシアにとっても世界にとっても重要な施設がある。この地域に威圧をかけることで、停戦合意を有利に進めることなのか。これはとても危険な作戦といえる(注:事実、プーチン大統領の求めに応じて、IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長は、ウクライナ軍が越境攻撃を続けるロシア西部クルスク州にある原子力発電所を視察し、砲撃などの攻撃にぜい弱な状態だとして重大な事故を防ぐために、原発を攻撃の対象にしないよう訴えた)。(中略)

一方で、クルスク攻撃は成功したのかどうかという問題が残る。東部戦線では兵力が不足している状況で、この地域に大きな兵力を回せるのかどうか。また、一気に1000平方キロメートルの広大なロシア地域を占領したものの(注:とは言っても、クルスク州で制圧した地域はロシアが制圧している地域からすれば、豆粒のようなものでしかない)、それを維持する能力があるのかどうか。そのために武器などの支援物資を運ぶ兵站は維持されているのかどうかといった問題などが、残る。かつて日本軍がやったように、ひたすら兵士の死を無駄にする万歳作戦のような結果にならないのか。一時的な勝利によって、全体の戦略が見失われるのではないか。

要するに、ウクライナの今回のクルスク州電撃侵攻はかつての旧日本軍の万歳作戦と同じように危険なものだと指摘しているのである。また、米国の経済専門誌であるForbesは、「ロシア軍が東部要衝ポクロウシクの東10kmに進軍 逆侵攻による『兵力分散』は不発に」と題するコラムニストの寄稿記事を報道している(https://forbesjapan.com/articles/detail/73295)。

ウクライナがロシア西部クルスク州に逆侵攻を仕掛けて約3週間が経過した。ウクライナ軍の指揮官たちは、これによってウクライナ東部からロシア軍の優秀な連隊や旅団を引き離し、ウクライナ軍にとって最も脆弱になっている正面での圧力を軽減することを望んでいたのだとすれば、失望しているに違いない。ロシア側は東部の部隊をほぼ動かさず、クルスク州への増援には主に、練度の低い若年の徴集兵を充てたからだ。(中略)

ロシア軍は、ウクライナ東部ドネツク州ドネツク市(注:左上の市街地=https://grandfleet.info/war-situation-in-ukraine/russian-troops-rapidly-approach-pokrovsk-city-military-governor-urges-residents-to-evacuate/#google_vignetteより=)の北西に位置するポクロウシク市に向けて、東から進撃を続けている。その響きはウクライナ側にとって、どんどん大きくなる警鐘のように聞こえていることだろう。ロシア軍の歩兵部隊は23日、ポクロウシクの東10km強のノボフロジウカ市に進軍し、ウクライナ軍の戦車1両を対戦車擲弾(てきだん)で撃破している。ポクロウシクにはこの方面のウクライナ軍の主要な補給線が通っている。

ロシア軍の数週間にわたる着実な前進によって、同市はますます危うい状態になっている。アナリストたちはこうした状況を予想していた。ウクライナの調査分析グループであるフロンテリジェンス・インサイトは7月下旬、ポクロウシクを「危機的な」方面のひとつに挙げていた。これは、ポクロウシクに向かう軸にあるオルリウカやミコライウカといった村々がロシア軍に占領される前のことだ。米国製M1エイブラムス戦車の残存する二十数両など、西側製装甲車両を運用するウクライナ軍の精鋭部隊、第47独立機械化旅団ですら、ロシア軍の進撃を食い止められていない。(中略)

だが、ペースが落ち、方向が狭まったとしても、ロシア軍が前進していることに変わりはなく、ポクロウシクが陥落する危険性は一段と高まっている。その結果、東部の広い範囲でウクライナ軍の防御が崩れることになれば、ウクライナ軍の指揮官たちは大規模な兵力(各最大400人の12個の大隊規模の前線部隊で構成されるともみられる)を、ポクロウシク正面の補強でなく、クルスク州への越境攻撃に投入したことを後悔するかもしれない。

ウクライナのクルスク侵攻についてはやはり、疑問を抱かざるを得ない点が多々ある。

国際情勢解説者・田中宇氏が8月17日に投稿・公開した「ウクライナ戦争で米・非米分裂を長引かせる」(https://tanakanews.com/240814ukrain.htm、無料記事)のリード文で明らかにされているように、「対露和平交渉を始めたいゼレンスキーは、クルスク侵攻を企画していない。侵攻を企画したのは、ウクライナ軍の作戦立案を握る米上層部で、ゼレンスキーは知らされなかったか、拒否できなかったのでないか。プーチンは、ウクライナ軍の侵攻を察知しながら放置し、入ってきたウクライナ軍ができるだけ市民を殺さないよう前進を阻みつつ占領を許し、数日経ってから反撃を強める策をとったように見える」というのが、真実に近いのではないか。

輪番制で欧州理事会の議長国になったハンガリーのオルバン首相がウクライナ、米国バイデン政権、次期大統領=本サイトは田中氏や日本の政治学者の藤井厳喜氏らと同じように「確トラ」の立場を取っている。経済学者の高橋洋一氏はほぼトラか=のトランプ氏、中国の習近平主席)を訪れたのも、ゼレンスキー大統領の要請からであって、同大統領としては大統領としての最低限の勤めとして、国家存亡の危機にあるウクライナの国体を護持するため、ロシアとのウクライナ戦争に早く終止符を打ちたいのではないか。

さて、ウクライナにクルスク侵攻をさせた米側陣営だが、田中氏はウクライナの軍事作戦については、資本家で構成される米国の「隠れ多国主義者」が取り仕切っていると見ている。同氏は昨日27日投稿・公開した「ウクライナ戦争の永続」(https://tanakanews.com/240827russia.htm、無料記事)のリード文で「ウクライナ戦争がずっと続くのでないかと思い始めている。露軍がドンバスからオデッサの方に占領を拡大していかない現状や、ウクライナ軍のクルスク侵攻へのロシアの対応を見ていると、ロシアはウクライナ戦争を膠着したままできるだけ長期化したいのだろうと感じられる」とし、トランプ次期大統領によるウクライナ戦争の早期終戦という予測を軌道修正している。非米側陣営の国際決済システムの完成にはある程度の時間がかかるためだ。

本サイトでは田中氏の教示で、非米側陣営の国際決済システムでは金を含む資源本位制が採用されると見てきたが、金地金を含む貴金属資源・エネルギーの価格決定権は米側陣営が牛耳っている。だから、資源本位制で国際決済システムを構築すると、米側陣営の価格操作によってシステムが極めて不安定になる。このため、ウクライナ戦争をできるだけ長引かせて、米側陣営の攻撃を抑えられる強靭な国際決済システムの構築が必要で、そのためには、ある程度(少なくとも5年は)かかる。その時間稼ぎとしてクルスク侵攻を企てたとの分析である。

ウクライナ開戦は、こうした非米側の行き詰まりを吹き飛ばした。米覇権・米国側は衰退期に入っており、中露や非米側がウクライナ開戦後の新事態を利用して非米的な独自の世界システムを構築して移行しない限り、いずれロシアだけでなく中国など他の諸大国も、米覇権を延命させるために米国側から制裁されて弱体化されてしまう。中露BRICSは、団結して非米的な新しい世界システムの構築と利用開始を急ぐことにした。原始的なものであるが非ドル決済体制が作られ、BRICSの拡大も実現した。今年のBRICSサミットは10月にロシアで開かれる予定で、BRICS諸国の通貨を使った非ドル決済体制が発表されると予測されている。

ウクライナ開戦直後、露中などBRICSは、金地金や石油ガスなどの価値に依拠した「金資源本位制」の通貨体制を模索していると言われていた。世界的に、資源類の利権や保有量は、米国側から非米側に移りつつある。だが、金地金や石油ガスの価格は、米英が管理(支配)する市場で相場が決定されている。非米側は価格決定権を奪えない。米英は、非米側の通貨体制を破壊するため、金資源類の相場を抑止ないし乱高下させる。ドルや債券の究極のライバルである金地金の価格は、ずっと前から米英当局によって抑止され続けてきた。そんな感じで、非米側のシステム構築は難問が山積しており、当初に考えられていたよりも長い時間がかかる。新システム構築の内情が漏れると米国側に対策をとられるので、非米側はシステム構築について何も語らなくなった。構築の進捗度も不明になった。BRICS共通通貨の遅延

ウクライナ戦争の態勢(米国側の露敵視)が続く限り、非米側は米国側から隔絶されたまま、独自の世界システムの構築や改善を継続できる。逆に、和解交渉と停戦によってウクライナ戦争の態勢が終わると、非米側が米国側の世界システムを再び使えるようになる。まだ非米側より米国側のシステムの方が便利なので、非米側の一部が米国側のシステムに戻り、結束が崩れかねない。

米国側システムは便利だが、非米側からピンハネする体制であり、米国が気に入らない非米諸国を勝手に経済制裁できる体制でもある。非米側の長期的な発展のためには、米国側との再統合を避け、非米側の独自システムの構築を完遂した方が良い。だが、ウクライナ戦争が早めに終わったら、そうした理想よりも、日々の利便性が優先されて非米システムが放棄されかねない。ほとぼりが冷めたら、(注:適当な理屈をつけられて)ロシアは再び制裁される。それを防ぐため、プーチンはウクライナ戦争を犠牲の少ない膠着状態で永続させることを考え続けている。これは、ロシアを発展させる策でもある。ウクライナ戦争で米・非米分裂を長引かせる

ということで、田中氏はトランプ次期大統領(注:トランプ氏も隠れ多国主義者)によるウクライナ戦争の早期終戦のシナリオだけでなく、ウクライナ戦争の永続化の選択肢も考慮に入れている。田中氏によると、「今年のBRICSサミットは10月にロシアで開かれる予定で、BRICS諸国の通貨を使った非ドル決済体制が発表されると予測されている」ということだ。また、1944年7月に米国のニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで開かれたブレトン・ウッズ会議で、英国のケインズらが提案した貿易においてのみ使用されるバンコール構想が21世紀に入って再評価されており、ひとつの参考になるのではないか。

サイト管理者としては米側陣営が凋落・崩壊し、非米側陣営が一方的に興隆するというシナリオのみではいけないと思う。やはり、統一文明の創造が必要だ。一国通過に重荷を背負わせたドル基軸通貨体制に代わる新たな国際通貨体制を考えていく必要がある。

【追記】ロバート・ケネディ・ジュニア氏撤退の真の理由と米国の大統領選挙では賭け市場が注目されていること

外務省国際情報局長やイラン大使などを歴任された孫崎享氏は、8月26日午後8時からの鳩山由紀夫元首相との対談で、ロバート・ケネディ・ジュニア氏が選挙戦から撤退した真の理由は、「本来の民主党とは民主主義と自由を守り、労働者を守る政党だったが、現在の民主党はもはやそうした民主党ではなく、(三権分立のはずの司法も権力の手段として使い)相手を攻撃する(注:独裁)政党に成り果ててしまっている」と指摘している(https://www.youtube.com/watch?v=dxqBderaUIk、開始から46分過ぎ辺り)。カマラ・ハリス氏は、不当な値上げを行った企業には制裁を加えると発言したが、「不当な値上げ」が客観的に分かるわけではない。全体的に、異常なケインズ「政策」を全面に打ち出しており、インフレを助長するだけだ。

なお、米国の大統領選挙では、賭け市場が注目されている。下図は、8月28日段階のもので、日々刻々変わる(https://polymarket.com/event/presidential-election-winner-2024?tid=1724831382205)。ハリス氏が異常なケインズ「政策」を発表した日には、同氏の予測勝率は急落した。

 

 

 

 

 

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