国連傘下にある(国連の一機関である)国際司法裁判所(ICJ)がさる1月26日、イスラエルによるハマス攻撃がガザ地区難民に対するジェノサイドだという南アフリカの提訴を受けて、イスラエルによるガザ地区攻撃についてジェノサイド暫定防止措置命令を決定した。ガザ地区に対する攻撃が「ジェノサイド」に当たるかどうかの最終判決にはまだ時間がかかるが、ICJがジェノサイド暫定措置命令を出したことから、イスラエルがガザ地区難民に対してジェノサイドを行っていると認定していることは否めない。しかし、イスラエルはこれに反論し、ネタニヤフ首相はガザ地区の最も南にあり100万人以上が避難しており、エジプトとの国境に検問所もあるラファでの地上作戦に向けて、住民の避難とハマスの部隊の壊滅を両立させる作戦の策定を軍に命じるにとどまっている。国連安全保障理事会も基本的にはICJの判決を支持しているが、イスラエルを支持する米国が拒否権を持っているため、本来強制力を持つはずのICJの判決は効果がない状態だ。イスラエルの隠された狙い・真の狙いは、エジプトがガザ南部のラファ検問所を開放して、ガザ難民をエジプトに追い出し、英国が唱導してきた「パレスチナ国家」論を消滅させるとともに、アラブ諸国との友好関係を確立することにあるのだろう。
イスラエルの狙いは「パレスチナ国家」の大義を消滅させイスラム諸国との和解を実現すること
ICJの判決について、ジェトロは「国際司法裁判所、イスラエルに集団殺害防止の暫定措置を命令」と題して、次のように報じている(https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/01/b49696fa2f9463bb.html)。
オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)は1月26日、南アフリカ共和国(南ア)が集団殺害の疑いでイスラエルをICJに提訴した件を巡り、イスラエルに対して、パレスチナ自治区ガザ地区のパレスチナ人への集団殺害を防止するための暫定的な措置を命じたPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
南アは2023年12月29日、「ガザのパレスチナ人に関するイスラエルの行為は、ジェノサイド条約に基づく義務に違反している」と主張し、ICJに軍事作戦の即時停止などの暫定措置を求め(2024年1月12日記事参照)、イスラエルは反論していた(2024年1月15日記事参照)。
ICJは、最終決定が下されるまでの間、一定の措置を示すことが必要とし、イスラエルに対し、①ジェノサイド条約第2条の範囲内の全ての行為を防止するために、その権限内にあるあらゆる措置を講じること、②イスラエル軍が上記①のいかなる行為も行わないことを直ちに保証すること、③イスラエルは、ガザ地区のパレスチナ人へのジェノサイドを直接的かつ公然と扇動する行為を防止し、罰するために、その権限内にあるあらゆる措置を講じること、④ガザ地区のパレスチナ人が直面する過酷な生活状況に対処するため、緊急に必要とされる基本的サービスと人道支援の提供を可能にする即時かつ効果的な措置を講じること、⑤ガザ地区のパレスチナ人に対するジェノサイド条約第2条および第3条の範囲内の行為の申し立てに関する証拠の破壊を防止し、その保全を確保するための効果的な措置を講じること、⑥今回の命令から1カ月以内に、命令に基づき取られた全ての措置について、ICJに報告書を提出することを命じた。
ICJの暫定判決を受けて、判決に強制力を持たすための緊急安全保障理事会が2月1日に持たれたが、暫定判決に強制力を持たせるにはいたらなかった(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN31EM50R30C24A1000000/)。
国連安全保障理事会は31日、国際司法裁判所(ICJ)がイスラエルに対してパレスチナ自治区ガザでのジェノサイド(民族大量虐殺)を防止するためにあらゆる措置を講じるよう命じたことを巡り、緊急公開会合を開いた。各国からはICJによる命令の順守やガザへの支援拡大を求める声が相次いだ。
会合を要請したアルジェリアのベンジャマ国連大使は、パレスチナにおける被害拡大を防ぐために、イスラエルはICJによる措置をただちに講じなければならないと訴えた。その上で「停戦を通してのみ、措置を実施することができる」と強調した。
会合に参加したイスラエルのミラー次席大使はこうした主張に対し「実際にジェノサイドを続けているのはイスラム組織ハマスだ」と反発した。ICJの判決は仮措置の段階であり、イスラエルによるジェノサイドの有無に関してはまだ判断に至っていないと指摘。原告の南アフリカがイスラエルを悪者にすることで事実をゆがめていると主張した。
イスラエルを強力に支持している米国が拒否権を行使することが確実視されるから、ICJの暫定判決が強制力を持つことはない。人権外交を展開してきた民主党のバイデン政権の欺瞞性が暴露されつつある。G7諸国を中心とする米国の従属諸国も煮え切らない態度をとることだろう。国際連合もその傘下にある(国連の一機関である)国際司法裁判所も権威を失っている。根本からの改革が必要だ。
国連のグテレス事務局長も「(世界が)多極化(大きくは米側陣営と反米側陣営に分裂)した今日、国連安保理は時代の要請に合わなくなっており、改革が必要だ」と一応述べている(https://www.asahi.com/articles/ASN9B5GXTN9BUHBI002.html)。ただし、言うは易く行うは難しで、「多極化時代」の国際政治・経済システムの構築が必要だ。この点については、国際情勢解説者・田中宇氏の「二つの世界秩序」(https://tanakanews.com/240209twowld.php、=有料記事=)が参考になる。
こうしたことから、イスラエルはネタニヤフ首相が「イスラエルのネタニヤフ首相はガザ地区の最も南にあり100万人以上が避難しているラファでの地上作戦に向けて、住民の避難とハマスの部隊の壊滅を両立させる作戦の策定を軍に命じました」(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240210/k10014354231000.html)とガザ南部の攻撃に向けて当たり障りのないことを言っているようだ。
アラブ・ニュースによると、「軍事攻撃を開始したイスラエルは、ハマスの壊滅を宣言している。ガザの保健省によると、少なくとも2万6083人が死亡しており、その約70%が女性と子どもだという」(https://www.arabnews.jp/article/middle-east/article_110504/)。イスラエルは、ガザ北部の難民キャンプ(実態は住宅地)を壊滅させて、多数のガザ難民を死亡ないし負傷させ、さらに、ガザ難民をさらにガザ南部に追いやっている。ガザ地区の人口は約200万人だが、北部のガザ難民キャンプが壊滅していると見られるうえ、既に述べたように、NHKによるとそのうち少なくとも100万人以上がガザ南部とエジプトの国境があり、検問所のあるラファ地帯に逃げ込んでいるという。
この膨大なガザ難民に対しては、エジプトから検問所を通過してガザ南部に人道支援物資を運んでも、今回のハマス・イスラエル戦争によるガザ難民の緊急支援には役に立たない(効果はない)だろう。根本的な解決は、ハマスの所属するムスリム同胞団(イスラム教スンニ派だが、サウジアラビアのように王政は認めない)を嫌っているエジプトがラファ検問所など複数の検問所を開放して、ガザ難民を受け入れることしかない。
国際情勢解説者の田中宇氏は、2月8日に公開した「イスラエルでなく米覇権を潰すガザ戦争=https://tanakanews.com/240208israel.htm、無料記事=」でイスラエルの狙いとイスラム諸国の対応について、次のように分析しておられる。
ガザとエジプトの境界線にあるラファの検問所は、まだ閉ざされている。エジプトは、政権をハマス=ムスリム同胞団に乗っ取られたくないので、ガザ市民が自国に来るのを阻止している。だが、ガザ市民の飢餓はひどくなる一方だ。イスラエルは、ラファの検問所を軍事力で乗っ取ってガザ市民をエジプトに放出する策を示唆し始めている。
(Israel Announces It Will Attack Gaza Border City of Rafah)
(Philadelphi Corridor: How Gaza’s border could be a tipping point in Egypt-Israel ties)
田中氏によると、イスラエルのこの戦略(ガザ難民のエジプトへの追放)には深い狙いがあって、第二次世界大戦前後に進めてきたイスラエルの建国を認めながらも、イスラエルを弱体化させたままにしておくために、「パレスチナ国家」をぶち上げた(でっち上げた)英国および世界の覇権国としての支配力を劇的に低下させつつある米国に対抗して、裏ではアラブ諸国(イスラム国家)との関係を改善し、共存を図るためのものだという。
パレスチナ国家の創設は、米国が覇権国になった直後の1947年に国連が可決した分割決議に基づいている。あの決議がなければ、イスラエルは建国戦争(第一次中東戦争)で完勝して西岸とガザからもパレスチナ人(というよりアラブ人)をエジプトやヨルダンなどに完全に追放(ナクバ)し、シオニズムを完遂していた。米英(というより前覇権国の英国)が、イスラエルの強国化を阻止するため、イスラエルの建国戦争を途中で止めさせ、イスラエル建国予定地内にアラブ人を残し、パレスチナ国家創設の決議を国連で通し、イスラエルの領土を半減させた。
(イスラエルの虐殺戦略)それから80年近く経ち、米英覇権は自滅しつつある。イスラエルが、自国を弱体化させるパレスチナ建国策を潰すなら今しかない。イスラエルは米国を傀儡化したまま、ガザ市民を大量虐殺して大胆露骨な人道犯罪を犯し、米国がイスラエルに味方してICJや国連の権威を失墜させるように仕向けた。
極悪な人道犯罪国家であるイスラエルを徹底擁護する米国は、覇権失墜に拍車がかかっている。イスラエルは、唯一の後ろ盾である米国のちからが失われても良いのか??。
米国の覇権は、イスラエルがどう動こうが、数年から10数年内に完全に失われる。ならば、米国に覇権が残っているうちに、シオニズムの完遂を阻止をしてきた国連ごとパレスチナ国家の枠組みを破壊するのが良い、ということなのだろう。今回の人道犯罪は、米英が覇権維持策として続けてきた「人権外交」を根本から潰すものでもある。人権外交はイスラエルにとって、敵であるイスラム諸国に人権侵害のレッテルを貼れる便利なものだった。それを潰して良いのか??。これについて考える際に重要なのは、イランやサウジ、トルコといった主要な中東イスラム諸国が今回、本質的にイスラエルを敵視していないことだ。
(The enemy within: Arab states that trade with Israel)イスラム諸国は表向きイスラエルを非難している。だが、トルコはアゼルバイジャンの石油が自国のパイプラインと積み出し港を経由してイスラエルに輸出されるのを止めていない。イランの大統領が最近トルコを訪問したが、2国間会談の中で強いイスラエル非難が出てこなかった。サウジも、イスラエル非難を避けている。サウジは、イスラエルと国交を結んでいるUAEが、サウジと、サウジ傘下のヨルダンを経由してイスラエルに輸出商品を送るのを容認している。ヨルダンで、この輸出に反対するデモが起きたが、サウジとヨルダンの王政は反対運動を無視している。
(War on Gaza: Jordan in hot water after report it’s helping Israel break Red Sea blockade)同胞のイスラム教徒・アラブ人が大量虐殺されているのに、なぜ中東イスラム諸国はイスラエルを本気で敵視しないのか。トルコは、与党AKPがハマスと同じムスリム同胞団で、今回の戦争でハマスがガザから追い出される代わりにエジプトやヨルダンの政権を取って拡大しそうなので黙認している。イランも親ハマスなので同様かも(注:ハマスはイランの指揮下にあると言われてる)。だがサウジは、自国の傀儡であるエジプトやヨルダンがハマスに奪われるので嫌なはず。それとも、エジプトやヨルダンはサウジでなく米国の傀儡で、サウジは米傀儡への資金援助を肩代わりしてきただけだから、ハマスに交代していくのは許容範囲内(もしくは希望)なのか。米英覇権体制が崩れて多極型の非米世界に転換した方が、サウジは石油でのピンはねが減って儲かるし、人権外交のくびきを解かれるなど、国際政治的にも自由になる。だからサウジは、イスラエルの行動を容認しているとか。
(Two mln people may die in Gaza without world’s help – Turkish foreign minister)(中略)アラブ人は現実主義だから、いずれ、パレスチナ国家なしにイスラエルと和解するしかないなという話に転じる。イスラエルは、ヨルダンからエルサレム神殿の丘へのイスラム巡礼者の通行を保障すると言い、イスラム諸国はそれを受け入れる。パレスチナ建国は、英国の中東支配の一環としてのイスラエル弱体化策だった。米英の中東覇権が永久に続くなら、イスラエルの弱体化が確定できるパレスチナ建国が、イスラム諸国にとっても好都合だった。だが、もう米英支配は終わる。イスラム諸国の姿勢も変わる。米英は中東イスラム諸国を支配するのが目的だった。イスラエルの目的は、他国を支配することでなく、西岸ガザを含むイスラエル自身の国土確立と安全と発展だ。イスラエルは目的達成後、イスラム諸国と和解したい。イスラム諸国を主導するサウジやイランやトルコにとっても、米英支配よりイスラエルとの共存の方がはるかに良い。米英支配の一環であるパレスチナ国家の概念自体が、イスラム諸国の政権にとって「用済み」になっている。
(In The Middle East The U.S. Has Reached The End Of Its Abilities)
「パレスチナ国家樹立」という大義はもはや歴史的意味がなくなってきている。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ唯一神を信じるいわば兄弟宗教である。
本サイトは、現在は文明の転換期に遭遇しているとの見方が基本だが、今回のハマス・イスラエル戦争もその現れだろう。
ウクライナ戦争めぐりゼレンスキー政権の内部抗争が表面化
ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシアとの戦争をめぐり、戦争の膠着化(事実上の敗北)を認め、ウクライナ国民にも人気のあるザルジニー総司令官を解任した。ロシアとの戦争をめぐり、政権内部の権力闘争が表面化してきた形だ。NHKは次のように伝えている(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240209/k10014352991000.html)。
ウクライナのゼレンスキー大統領は8日、国民に人気の高いザルジニー総司令官を解任し、新しい総司令官を任命しました。発表を前にゼレンスキー大統領とザルジニー氏は一緒にうつった写真をSNSに同時に投稿するなど、互いを尊重している姿勢を示し、解任に対する国民の反発や混乱が広がるのを防ぎたい思惑があるとみられます。
これに対して時事通信は、「ウクライナ、結束にほころび 軍総司令官解任『ロシア利する』―権力闘争の指摘も」と題して、次のように伝えている。
【キーウ時事】ウクライナのゼレンスキー大統領は8日、軍トップのザルジニー総司令官を解任した。長らく続いていた政権と軍トップの反目に終止符を打った形だが、ロシアの軍事侵攻から間もなく2年となる中、ウクライナが誇る結束にほころびが生じつつある実態を露呈した。一部の国民や将兵が解任に反発するのは必至で、「ロシアを利するだけだ」と危惧する声も出ている。
ウクライナの大統領選挙は今年3月に行われる予定だったが、戒厳令と総動員令が5月末まで敷かれているため、5月末までは行われなくなった(https://www.yomiuri.co.jp/world/20240206-OYT1T50160/)。大統領選挙がいつ行われるのか、今のところ不明だ。これに対して、ロシアでは今年3月17日に大統領選挙を行う。ロシアの選挙管理委員会は元下院議員でプーチン大統領の有力対立候補に、選挙届け出上の不備があったとして立候補を認めないことにしているが、今回の大統領選挙ではウクライナのドネツク、ルガンスク、ザポロジエ、ヘルソン各州の一部住民が初めて投票に参加する。ウクライナ分割を国内外に宣言することになる。
ウクライナ国営通信によると、ウクライナの最高会議(議会)は6日、2022年2月に始まったロシアの侵略を受けて全土に発令している戒厳令と総動員令を5月中旬まで90日間延長する法案を可決した。戒厳令下での国政選挙は禁じられており、本来であれば3月に行われる大統領選は実施できないことになる。
戒厳令の継続により、18~60歳の男性の出国を原則禁止する措置などが維持される。オレクシー・ダニロフ国家安全保障国防会議書記は法案の提出が報じられた5日、国営テレビで「選挙は戒厳令が終わった後に行われる。そのために、我々は(ロシアに)勝たねばならない」と述べていた。
選挙は戒厳令が終わった後に行われるということだから、次期ウクライナ大統領選挙はウクライナが事実上、ロシアに敗北してからのことになるか、あるいはゼレンスキー大統領を追放するクーデターが起こり、クーデターによる政権が民政に移管してからのことになる。
トランプ前大統領、大統領選出馬資格確保へ
現地時間2月9日金曜日にネバダ州で行われた党員集会(民主党、共和党がそれぞれ実施)、予備選挙(州が実施)で共和党の候補者としてトランプ前大統領が選出され、同州の選挙人のすべてもしくはほとんどの選挙人を確保した。また、コロラド州最高裁はトランプ氏を国家反逆罪に相当するとして大統領選への出馬資格を認めなかったが、連邦最高裁では長官をはじめ複数の判事が一部の州の判断で大統領選への出馬資格を剥奪できることになれば、恐ろしい結果を招くなどとしてコロラド州最高裁の判断に懐疑的な見方を示した。
共和党の大統領候補はトランプ前大統領との見方が定着している。一部に、ニッキー・ヘイリー元国連大使はトランプ氏が副大統領候補にするために立候補させたとの見方もある。
なお、暗殺されたケネディ大統領の甥にあたる弁護士のロバート・フランシス・ケネディ・ジュニア(RFKJ)氏が無所属で出馬しているが、Wikipediaによると、「多くの州では二大政党(民主党と共和党)以外の立候補に(は)一定数の有権者による署名を必要としている。そのため、二大政党以外の候補者にとって立候補のハードルは高い。第3勢力の候補者は署名が揃わず、一部の州でしか立候補できない事例が多い。2020年アメリカ合衆国大統領選挙の事例では、立候補者は35組いるが、二大政党以外の候補者で全州で立候補できた者はリバタリアン党のジョー・ジョーゲンセンのみである」。このため、RFKJ氏が①リバタリアン党からの出馬に鞍替えする②副大統領候補になるーとの憶測報道もある(https://news.yahoo.co.jp/articles/d6f312057c0d4a9f719fd75db0295e48ff5440cc)が、同氏の選挙戦略はまだ不明の段階だ。