今月2015年9月30日に発表された鉱工業生産は景気が既に後退局面入りに入っていることを強烈に物語っている。市場関係者の平均予測では前月比+1.0%増だったが、蓋をあけてみると同マイナス0.5%。さらに注目すべきは、在庫率が同6.1%と大幅に上昇していることだ。意図せざる在庫、つまり、売行き不振による売れ残りが格段に蔵しているわけで、景気は既に後退局面に入っている。

東京新聞(サイト版)は次のように伝えている。

−−転載開始−−

経済産業省が三十日発表した八月の鉱工業生産指数速報(二〇一〇年=一〇〇、季節調整済み)は九七・〇となり、前月に比べ0・5%低下した。低下は二カ月連続。中国向けを中心に輸出が振るわなかった。中国は景気減速に加え、天津市の大規模爆発事故が影響したとみられる。基調判断は「生産は弱含んでいる」と、三カ月ぶりに下方修正した。前月は「生産は一進一退で推移している」だった。

業種別に見ると、生産・業務用機械工業や電気機械工業、輸送機械工業などが低下した。中国のほか、北米や欧州についても輸出が落ち、十五業種のうち十業種がマイナスとなった。上昇したのはプラスチック製品工業や石油・石炭製品工業など五業種だった。

八月の生産指数の予測はプラスだった。キャンセルや納期の遅れが発生し、「想定外の低下となった」(経産省)。軽乗用車は生産がプラスになるなど、国内では明るい材料も見られた。生産の先行きは九月が0・1%上昇、十月は4・4%上昇を見込んでいる。

−−転載終わり−−

ただし、東京新聞が見逃しているのが、在庫率の急上昇である。

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鉱工業生産が減って、在庫率が急上昇しているといいうことは、既に在庫循環における生産調整局面入りをしており、「意図せざる在庫投資」つまり売行き不振による在庫の大幅増加(大量の売れ残り)が発生しているということだ。株価も日経平均が乱高下しながら傾向的に下がっている。これに、来年4月1日における消費税再増税ーしかも、「日本型軽減率」という名の大嘘ーが加われば、日本経済はクラッシュに見舞われる。「アベノミクス」はもともとアホノミクス、アベコベノミクスだったが、対米隷属(従属の段階は遠に過ぎている)の「首相」安倍晋三の一族郎党(支持基盤は日本会議と松下政経塾)には即刻退場いただくしかない。

なお、「首相」安倍は岸信介退陣後の池田勇人の真似して「新しいアベノミクスの3つの矢」などと叫んでいるが、「古い三本の矢」はどこに行ったのか、総括もない。日本の経済社会を射ているのが実情だ。安倍と岸の違いについて、田中良紹氏の示唆に富む評論がある。

−−転載開始−−

「憲法改正」を堂々と議論する事をせず、解釈改憲という「憲法の骨抜き」を画策する安倍総理に対し、安保条約の改訂で対米自立を追求した祖父の岸信介元総理との相似性を指摘する声が聞かれる。政治を右とか左とかで考える単純な人間にはそう見えるのかもしれないが、私には「岸信介」と「安倍晋三」はまるで異なる次元の政治家に見える。と言うか、「岸信介」は政治家だが「安倍晋三」は政治家ごっこをしているだけに見える。

「政治はアートである。サイエンスに非ず」と伊藤博文に手紙を書いたのは、海援隊で坂本龍馬の腹心を務め、明治政府では外務大臣となって「カミソリ」と綽名された陸奥宗光である。冷戦の時代が転換する激動の時期に日米の政治を比較して見てきた私にその言葉は絶妙の響きを持って聞こえる。政治には理屈では表現できない、手触りでしか分からない部分があり、単純思考で読み解くのは難しいのである。

安倍総理から政治の「奥」を感ずる事は全くないが、「昭和の妖怪」と呼ばれた岸元総理には「奥」を感ずるところが多い。80年代に政治記者として二度ほどお目にかかった事があるが、何とも言えない不思議な魅力を感じた。オーラル・ヒストリー『岸信介証言録』(毎日新聞社)を読むと、その不思議な魅力がどこから生まれたかが分かる。

岸信介は大変な秀才だった。ところが優秀な学生なら軍人(注:陸軍士官学校と海軍兵学校)を志す時代に彼は官僚を目指して東京大学に入学する。郷里の先輩の紹介で国粋主義者の上杉慎吉教授に私淑するが、天皇を絶対視する上杉教授の教えに疑問を抱き、北一輝の思想に共鳴していく。

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北一輝は坂本龍馬を源とする自由民権運動の流れをくむ民主主義者である。その主張は、明治維新は天皇を担いで世襲の身分制をなくした民主主義革命だが不十分である。天皇は国民の上にあるのではなく国民と共に「公民国家」を作るべきだと説く。そして皇族・華族制度を廃止し、財閥と地主を解体して、富を平等に国民に分け与え、男女の差別のない国家を天皇の権力によって実現するという『日本改造法案大綱』を書いた。

北一輝に共鳴した岸信介は上杉教授のもとを去り、右翼的な学生団体とも縁を切る。そして官僚になるのだが、優秀な学生なら内務省か大蔵省を目指す時代に農商務省に入省する。当時の常識では相当の反逆児である。役所でも賃上げ運動を主導して上司に逆らい、大臣からは「岸はアカだ」と言われた。

椎名悦三郎らと共に満州国政府の役人になるのも左遷と見られている。満州ではソ連を真似た計画経済を実施し、帰国後は「革新官僚」として戦時統制経済体制をつくりあげた。その仕組みが戦後になって日本型資本主義による高度経済成長を生み、世界で最も格差の少ない「一億総中流国家」をつくりあげた。アメリカの真似をして格差を拡大させるアベノミクスを「岸信介を裏切る経済学」と私がブログに書いたのはそうした意味である。

その後東条内閣の商工大臣となるが、岸は東条首相とは意見が合わずむしろ戦後社会党の中心となった三宅正一や川俣清音らと共に反東条の政治団体を作る。戦後A級戦犯として巣鴨プリズン(注:刑務所)に収容されるが、釈放されると社会党から国会議員に立候補しようとした。結局、弟の佐藤栄作がいた自由党に入るが、彼は「両岸」と言われ、どちら側にも通ずる幅広い人脈を持っていた。

自由党の中で吉田茂の対米従属路線に反対し、日本の自主独立を訴えて鳩山一郎らと民主党を結成、吉田内閣を打倒して鳩山政権を作る。次の石橋内閣の時に与党幹事長として訪米し、アメリカのダレス国務長官と交渉するが、ソ連の軍事力と比べて自主防衛には無理があり、防衛力を強化しながら安保条約を対等なものにするしかないと考えた。

それから岸は反共主義を強調してアメリカに取り入り、それによって日米対等の関係を追求するのである。(注かつ)同時に戦争で被害を与えたアジアの国々に対しては、謙虚に謝罪を表明し、「アジアの日本」という立場を重視した。

そのことを民主党の前田武志参議院議員が2月5日の予算委員会で取り上げた。岸元総理は社会党の加藤シズエ議員の質疑に応える形で昭和32年にアジア各国を謝罪のため歴訪し、さらに「謙虚な心のステーツマンシップが必要」というメッセージをアジアの国々に発したという。前田議員は「それを肝に銘じて欲しい」と安倍総理に訴えた。

岸元総理の戦略は「アジアの日本」を固めて、日本を占領支配したアメリカからの自立を図るというものである。そのために反共主義を強調してアメリカに取り入りながら「自主憲法」を制定しようとした。従って共産中国とは敵対関係になったが、しかし「政経分離」の原則を貫き、日本の経済的利益が左右されないようにした(注:日中関係を政経分離の立場で強化しようとした)。

ところが安倍総理がやっている事は真逆である。アメリカに取り入るためと考えたのか、中国包囲網を作ってアジアに緊張を生み出し、緊張が高まれば結局はアメリカにすがりつくしかなく、日本の自立とはまるで逆方向を向いている。またアメリカと対等になるためと称して集団的自衛権の解釈変更を目指すが、それがアジアにさらなる緊張を生み出せば、さらにアメリカにすがるしかなくなる。

アメリカはアジアを自分のやり方でコントロールしたいと考えている。勝手に日本が尖閣や靖国や慰安婦問題でアジアの緊張を高めるのは迷惑なのである。それを理解できない政権には勝手な事をさせないよう圧力をかけるしかない。その圧力が出始めてきた。安倍総理は14日の予算委員会で「河野談話を見直す事はしない」と発言させられた。

安倍総理はこれからいちいちアメリカに振付けられる可能性がある。日本の対米自立などとんでもない。岸元総理との比較などとんでもない。安倍総理は、未熟さを露呈して国民の失望を買った民主党政権と同じ「政治ごっこ」をやっているに過ぎない。ところがそれに気付かない政治家や学者、評論家、メディア、国民がいる。これは日本全体が幼稚化している事を示す証拠だと私は思っている。

−−転載終わり−−

なお、1960年の日米安全保障協定の改定は、日米安全保障条約を国連憲章の下に位置づける狙いと、事実上の「日本国憲法」であった日米行政協定を抜本的に改革することを目指していたが、これが米国政権中枢の気に入らず、自民党内部の吉田茂門下の池田勇人、三木武夫、河野一郎らに日米行政改定の即時抜本改革という無理難題をふっかけられ、かつ、米国が引き起こした60安保闘争によって、最終的に退陣を余儀なくされた(詳しくは、孫崎享著「戦後史の正体」)。

対米独立を念願としていた対米隷属の「首相」安倍とは、まさに、かくも異なる。

 

 

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