安全保障法案=戦争法案廃案のために⑤ー安倍談話、実質は「世界平和破壊」宣言

安倍晋三首相の談話がすったもんだの末、閣議決定を経て8月14日夕刻、発表された。「痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明して」きた歴代内閣の言葉を借りて「反省とお詫び」の気持ちを表明したことにするなど、所謂「ネット右翼」に配慮した誠意の感じることのできない内容になった。また、談話自身も矛盾だらけである。「我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります」というのが、その代表例。

日本国憲法の憲法としての安定性を根本から破壊し、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義の理念を否定する安全保障関連法案=戦争法案を米国の勝手な要請で国会に提出し、野党から憲法違反を柱とした重要な批判を浴びながら、衆議院で強行採決。参議院でも、日本共産党の小池晃参院議員から「シビリアン・コントロール」の破壊を指摘され、中谷元防衛大臣が答弁不能になったが、それでも、良識ある、または、善意の日本の国民の意思を無視して参議院でも強行採決する構えだ。

また、「私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります」というくだりは、日本を米国の植民地にするために同国が「大筋合意」を急いでいる環太平洋連携協定(TPP)の成立を急ぎ、日本の経済社会の「破壊」を決意する文言である。要するに、談話は「反省とお詫び」の気持ちを心から表明するものではなく、その反対に世界の平和をますます破壊する戦争法案と、同法案と一体不可分の関係にあるTPPの成立・締結を「決意」する談話に過ぎない。

これらは当然に予想されてものであるので、それはさておく。しかし、今回の安倍談話では同首相の浅薄な現代史観が如実に証明された。それは、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」として、同戦争の「肯定的な部分」のみを表明している文言である。

 

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 外務官僚、防衛大学教授を歴任して現代史に詳しい孫崎享氏の新著「日米開戦の正体」によると、日露戦争自体に、安倍首相が侵略戦争と規定せざるを得なかった太平洋戦争に至る布石があった。孫崎氏によると、これにいち早く気づき文学の形で日本国民に警告したのが、かの有名な夏目漱石の「三四郎」(1908年発表)と「それから」(1909年発表)である。

「三四郎」では主人公の小川三四郎が熊本高等学校(第五高等学校)を卒業後、東京帝国大学に入学するため上京する最中、ある髭(ひげ)の男と出会って会話したくだりがある。

−−転載開始−−
・・・髭の男は、(略)「(略)」いくら日露戦争に勝って、一等国になっても駄目ですね。(略)」
【三四郎は】「然しこれからは日本も段々発展するでしょう」と弁解した。するとかの男はすましたもので、
「亡びるね」と言った。ーー熊本でこんなことを口に出せば、すぐ殴られる。わるくすると国賊扱いにされる。
−−転載終わり−−

この男の真意というのは、経済力に不相応の大戦争を行なった結果、日本の経済社会が破綻するということである。孫崎氏は当時の日本の経済力を次のように表にして説明している。

【20世紀初頭の日本と欧米列強の軍事・経済指標(ドル換算・名目値)】

   暦年 日本 米国 英国 露/ソ
国民総生産(GNP) 1900 1,200 18,700 9,400 8,300
国民総生産(GNP) 1910 1,900 35,300 10,400 11,300
国民総生産(GNP) 1921 7200 69,600 23,100 N.A.
国民総生産(GNP) 1925 6,700 93,100 21,400 16,000
軍事支出 1900 70 190 670 200
軍事支出 1910 90 310 370 310
軍事支出 1921 400 1,770 1,280 400

 テロ戦争やゲリラ戦争以外の国対国の戦争では、勝者は経済力、軍事力、技術革新力の強いものに決まっている。日本が日露戦争の勝者になれたのは、いずれにおいてもロシア(ソ連)を上回る米・英両国の支援を受けたからである。それなのに安倍首相は、「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」などの談話を発表する。

これでは、第一次大戦以降の植民地からの独立・民族自決の現代史的趨勢が日露戦争での日本の勝利によってもたらされたかのように写ってしまう。もちろん、談話では「世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は『平和』を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました」との文言はある。

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しかし、その立役者についての明記がない。ここまで談話で現代史の歴史認識を「披露」するなとら、その立役者を挙げるべきである。その一人は、民主主義的価値観と自由貿易主義者であった米国第28代のトーマス・ウッドロウ・ウィルソンであり、もう一人は「帝国主義論」を発表した共産主義者のウラジーミル・イリイッチ・レーニンである。第一次世界大戦後の民族自決運動の立役者は決して日本国ではなかった。むしろ、日本国は民族自決運動の破壊運動を展開したのである。ただし、孫崎氏の前著によると、日本にも反植民地運動、民族自決運動を支持する勢力が存在したが、軍部及び排外的民族主義者によって暗殺されたり政治的生命を奪われた経緯が詳細に記述されている。これらの歴史的事実はとても参考になる。

安倍談話は「当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました」として、何か外部的要因によって、日本は侵略戦争の道を歩んだかのような話し方をしている。

歴史的事実はそうではない。安倍首相のような冷静且つ沈着に物事を考えられない軍国主義者・排外的民族主義者によって、日本が歩むべき道が大幅に歪められたのである。結論として、安倍談話の正体は、来たるべき東アジア共同体という21世紀の新たな世界秩序に対し、没落しつつある米国と組んで挑戦する形で、戦前の誤った道を再び突き進む決意を表したものと言わざるを得ない。

 

 

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