新型インフルエンザ等特別措置法改正案が、新型コロナ感染国内拡大の「瀬戸際」とされている3月9日後の13日に成立する見通しになった。専門家会議が2月24日に国内感染が拡大するか否かの瀬戸際期間(最も遅くて3月9日)を過ぎてからの成立になる。これは、政府=安倍晋三政権が国内感染拡大防止の見通しが立たなくなったと認識していることの表れであるが、その原因が、政府の初動対策の致命的な誤りのせいであることは全く認めていない。改正の狙いはこれまで発動されなかったインフレ特措法に基づく「非常事態宣言」を行うことであり、私権の制限と強権の発動である。
新型インフルエンザ等特別措置法を改正しなくても、厚生労働省では2月28日の段階で政令として定めた同法の実施要項を改正し、実施要項の中の「新型インフルエンザ」に「等」を付け加え、「新型インフルエンザ等」として、極端に不足しているマスクなどの政府の備蓄品をマスク不足が深刻な医療機関をはじめ国民に供給する手配をしていた。3月4日の予算員会で、立憲民主党の福山哲郎幹事長が参議院予算委員会で正午の休憩を挟んで、明らかにした。
立憲や国民など野党と称する政党は、早くから民主党政権時代の2012年(平成24年)5月11日に成立した新型インフル特措法を援用し、同法に定める国と地方自治体での科学的で体系的な行動計画の早急な策定とその実施を要求していた。しかし、政府=安倍政権は野党の要求に対して真摯に応えず、科学的で体系的な行動計画を策定するどころか、場当たり的事後策に終止してきた。
このため、大型豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号の感染防止対策は完全に失敗した。1人の外国人から少なくとも711人の感染者を出し、うち英国人を含む6人が亡くなられた。また、同船の乗員・乗客に対するPCR検査で「陰性」と判定された方々(陰性と判定されても後に陽性に転じるケースは続出している)を、米国のように軍など特別な施設で経過観察することなく、公共交通機関などでの帰国を認めた。このため、そうした方々を通して別の国民が感染するケースが少くなかった。さらに、全国に新型コロナウイルス感染が拡大している中国の国民(人民)・中国に滞在した外国人からの入国は許可し続けたため(ざるに水を汲むような水際対策であったため)、個人タクシー業界が屋形船で開いた新年会でクラスター感染(集団感染)が起こるなど、国内での感染が拡大した。
そのうえ、国民がPCR検査をしようにも、➀地方自治体の保健所への相談を強制②保健所が許可しても全国に10万ある医療機関のうち844機関の「帰国者・接触者外来」での診察しか許さない-という致命的なPCR検査抑制策を行った。このため、国内で新型コロナウイルス感染拡大者が徐々に拡大している中、同対策専門家会議が3月2日の会合で認めたように「症状の軽い人も、気がつかないうちに、感染拡大に重要な役割を果たしてしま」うようになり、感染がさらに加速することになった。
このため、厚生労働省や全国の都道府県の自治体の公表データなどから、朝日デジタルがまとめた3月5日午後11時半時点での国内で確認された感染者は1075人で、そのうち亡くなられた方は12人だが、この1075人という数字はあくまでも感染確認者でしかない。最も感染確認者数の多い北海道で調査した、専門家会議のメンバーでもある北海道大学の西浦博教授は、北海道での実際の感染者数は確認者数の10倍を超えるというシミュレーションを記者会見で発表した。
このことからすると、実際の感染者数は現在の感染確認者数の10倍の1万人と想定しても不思議ではない。新型コロナウイルスはSARS-CoV-2と呼ばれ、大流行が恐れられたSARS(重症急性呼吸器症候群 )ウイルスの変種(徹底的な隔離対策で封じ込められた)だが、感染症の専門家によると1人が4人を感染させるという感染力を持っているとの見方もある。
大手メディア各紙は本日6日からPCR検査が保健所の許可がなくても、医師の判断で可能になり、保険も適用されると報道しているが、本当に検査に制約がなくなれば感染確認者は一挙に増える可能性が高い。しかし、全ての医療機関で検査を受けられるわけではなく、主に感染防護が整った全国860の専門外来病院だけである。どうも、全国に10万ある医療機関のうち844機関しかない「帰国者・接触者外来」の焼き直しのような感がする。PCR検査バリアーが撤廃され、首相が言うように「かかりつけの病院、医院で診察を受け、主治医の判断でPCR検査を(外部の民間検査機関に委託して)受けられる」ようになると期待するのは、早いと思われる。
さて、こういうウイルスだから、湖北省武漢市で発生し、危機意識を持っていたた中国(発生当時から現在までの経済状況は最悪)と、昨年末の12月31日に同国から報告された世界保健機関(WHO)と早期に緊密な連絡を取り、首相が本部長の新型コロナウイルス感染症対策本部も、科学的で体系的な感染拡大防止策を打ち出すべきだった。しかし、この対策本部は当初、本部員の閣僚のうち3人が重要な会議を抜け出すなど、道義的・倫理的にも問題が多かった。なお、この対策本部は本部長を内閣総理大臣=安倍首相が務め、菅義偉内閣官房長官、加藤勝信厚労相の2人の閣僚を副本部長に定め、残りの閣僚全員が対策本部員になるという点では、安倍首相が新型コロナウイルスには適用できないと強弁している新型インフル特措法に準じている。
紹介が遅くなった新型インフル特措法だが、この特措法はA型インフルエンザウイルスの亜型の一つであるH1N1が2009年に世界的に流行した際に、民主党政権の手によって策定されたものである。ウイルスは流行中に変異するが、A型インフルエンザウイルスにもいくつかの変異型がある。そのひとつが第一次世界大戦中の1918年から1919年にかけて世界的に大流行(パンデミック)したスペイン風邪を引き起こした。このスペイン風邪は全世界で、5000万人から1億人の感染者の死亡を引き起こした。
この過去の事実に鑑みて、当時の民主党政権としてもA型インフルエンザのパンデミックを恐れ、非常事態宣言条項を盛り込んだ新型インフル特措法を制定したと言える。ただし、ウイルスの対象を新型インフルエンザに限定したものではなく、同法では「新型インフルエンザ」という表現ではなく、「新型インフルエンザ等」と「等」を付けている。つまり、全てのウイルスによる感染症対策が元来の狙いだったと思われる。実際のところ、この新型インフル特措法は自然災害に備えた災害対策基本法やテロなどへの対処を定めた国民保護法をモデルに制定されていると言われる。また、同法制定後、同法が適用されたこともなければ、ましてや同法に基づいて時の首相が非常事態宣言を発動したことは一度もなかった。
ところが、政府=安倍政権はこの新型インフル特措法の隙間を突いて、改正することを決定した。その隙間とは、同法の適用対象が、第2条1項で「新型インフルエンザ等」の定義について、「感染症法第六条第七項に規定する新型インフルエンザ等感染症及び同条第九項に規定する新感染症(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る)」としていることである。
新型コロナウイルス感染症は実際のところは、この感染法第九条第六条第九項に規定する感染症と見ても良いと思われる。しかし、感染症法を見てみると、第六条第七項では「新型インフルエンザ等感染症」とは、➀新型インフルエンザ(新たに人から人に伝染する能力を有することとなったウイルスを病原体とするインフルエンザであって、一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう)②再興型インフルエンザ(かつて世界的規模で流行したインフルエンザであってその後流行することなく長期間が経過しているものとして厚生労働大臣が定めるものが再興したものであって、一般に現在の国民の大部分が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう)-のインフルエンザに限定されている。
それでは「新感染症」の定義だが、これは感染症法の第八条第六条第九項を見てみると、この法律において「新感染症」とは、人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう」になっている。新型コロナウイルスはこれに該当するだろうと誰もが思うだろう。
しかし、感染症法の第八条第六条第八項には、「この法律において『指定感染症』とは、既に知られている感染性の疾病(一類感染症、二類感染症、三類感染症及び新型インフルエンザ等感染症を除く)であって、第三章から第七章までの規定の全部又は一部を準用しなければ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるものとして政令で定めるものをいう」とある。
政府=安倍政権は令和2年1月28日に、「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令等の施行」という政令を通達し、新型コロナウイルス感染症(病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス=令和2年1月に、中華人民共和国から世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る=)を指定感染症とした。新型コロナウイルスは、中国広東省を起点として2003年3月頃から大流行の兆しを見せ始めたSARS(重症急性呼吸器症候群 )を引き起こしたウイルス=SARS-CoVの亜種であるSARS-CoV-2だ。
要するに、原因が特定され、政府が指定感染症に政令で指定した新感染症には、新型インフル特措法が適用できない、だから同法の改正案を策定し、国会で成立させるというわけだ。屁理屈のように聞こえるが、新型コロナウイルス感染症を1月28日に政令指定したのは、非常事態宣言が一度も発動されていないことを考慮して、新型インフル特措法の隙間を狙い、同法改正案を国会で成立させ、非常事態宣言を発動させる狙いがあったと見られる。これでは、家事を起こして泥棒をするようなものではないか。
この改正案の成立で首相が非常事態を宣言することになり、私権が制限されるとともに、経済社会に与える影響は甚大になる。現行のインフル特措法でも非常事態宣言で、政府と地方自治体は次のような強権を発動することが出来る(同法第4章新型インフルエンザ等緊急事態宣言措置)。
➀外出自粛要請、興行場、催物等の制限等の要請・指示(潜伏期間、治癒するまでの期間等を考慮)
②都道府県知事は住民に対し外出の自粛を要請できる(第45条第1項)
③罰則はないものの、多数の者が利用する施設(学校、社会福祉施設、建築物の床面積の合計が1,000平方メートルを超える劇場、映画館や体育館など)の使用制限・停止又は催物の開催の制限・停止を要請することができる(第45条第2項)。正当な理由がないのに要請に応じないときは、特に必要があると認めるときに限り、要請に係る措置を講ずべきことを指示できる。外出自粛や使用制限の期間は、新型インフルエンザ発生後の最初の1-2週間が目安とされている。
④住民に対する予防接種の実施(国による必要な財政負担)
➄医療提供体制の確保(臨時の医療施設等)
⑥臨時の医療施設を開設するため、土地や建物を強制使用することも可能である(第49条)。
⑦緊急物資の運送の要請・指示
⑧政令で定める特定物資の売渡しの要請・収用
⑧都道府県知事等は、新型インフルエンザ等の対応に必要な物資の売り渡しを業者に要請することができ、不当に応じない場合は収用することも可能である(第55条)。また、不当に売り渡しに応じなかった業者に対して、罰則を適用することもできる(第76条)。
⑨埋葬・火葬の特例
⑩生活関連物資等の価格の安定(国民生活安定緊急措置法等の的確な運用)
⑪行政上の申請期限の延長等
⑬政府関係金融機関等による融資 等
なお、安倍首相は新型インフル改正法の執行期間(具体的には、非常事態宣言の発令から取り消しまでの期間)は一応、2年とすると表明しているが、同法でも最長2年間。しかし、最大1年間の延長を認めている。問題になるのは、➀これまで失政で新型コロナウイルスの感染者を拡大させておきながら、その失政を認めない政府=安倍政権が本当に、同ウイルスの感染拡大を終息できるのか②非常事態宣言発令の要件がどの程度明確になるか(自民党と連立政権を組んでいる公明党は非常事態宣言発令の要件が明確でないとして新型インフル特措法改正案の了承を見送った)③消費税増税強行と現状の新型コロナウイルスの拡大に加えて、突然の小中高校休校指示で児童・生徒、保護者、教職員、学童クラブ、給食を提供する農家や食品製造企業を中心に大混乱が生じたが、非常事態の宣言でこれをはるかに上回る経済社会の混乱が生じることが確実であること④改正で延長を1年にとどめるか-などである。
今の政府=安倍政権は、新型インフル特措法改正案の成立と非常宣言に伴う経済社会の大混乱に対する財政措置(財政出動)は全く考えていないようだ。現在、小学校の児童の保護者には休業補償を出すが、企業に勤める正社員・非正規社員への休業には雇用調整助成金を活用し、イベントの大会の自粛やキャンセルで個人業主やフリーランスには政策金融公庫からの1.9%の資金繰り融資を行うなど、対応策がまるでバラバラだ。本来は、政府の失政でこのような事態になったことに鑑み、全ての国民に財政面から等しく休業補償、損賠賠償を給付すべきだ。それによって、さらに冷え込む内需が活性化し、景気好転と税収増が図れる。
新型インフル特措法が、自然災害に備えた災害対策基本法やテロなどへの対処を定めた国民保護法をモデルに制定されたと見られるだけに、日本国民としては安倍政権が、戦後民主主義の否定につながる独裁制移行へ走り始めたと警戒する必要がある。