ロシアは米欧日陣営の経済制裁に打ち勝つだろうールーブル相場急回復の背景にあるもの

ロシアのルーブル相場が急回復している。今年4月24日のウクライナ事変(ロシア軍によるウクライナ侵攻)の勃発後、欧米日諸国側が前例を見ない強力な経済制裁を課してきたこともありそれまで1ドル=80ルーブル程度だったルーブル相場が1ドル=140ルーブル程度まで暴落したが、その後はウクライナ事変以前の状態に戻り、5月16日には1ドル=63.4ルーブルをつけるなどこのところ、ウクライナ事変前よりもルーブル高になっている。ロシアなど人口の多い「コモディティ大国側(非米側)」が米欧日陣営の「コモディティ小国側」に打ち勝つ可能性が出てきたことを象徴している。

米欧日陣営の対ロシア経済制裁措置に疑問

第二次世界大戦後、米国を盟主とする北大西洋条約機構(NATO)に加盟せず、中立国の姿勢を貫いてきた北欧のフィンランド(ロシアと千キロの国境を有する)やスウェーデンが5月15日にNATO加盟を正式に申請することになった。これは両国が米国のバイデン政権に「米欧日諸国の前例のない経済制裁とウクライナに対するNATO諸国の強力な軍事支援でロシアのウクライナ侵攻は失敗し、プーチン政権は崩壊してロシアは衰退する」と説き伏せられた結果だろう。

しかし、どうも「米欧日諸国の前例のない経済制裁」は効いていないようだ。ロシアのルーブル相場の推移を見れば予想が付く。次のグラフはInvesting.comによるものだ(https://jp.investing.com/currencies/usd-rub)。

日本では財務省・金融庁の監督下にありそうな三菱UFJ銀行系の公益財団法人・国際通貨研究所が04月29日に「急落後に持ち直したロシア・ルーブルの背景と今後」と題して、ルーブルの持ち直しの理由と今後について述べたリポートを発表している(https://www.iima.or.jp/docs/international/2022/if2022.14.pdf)。しかし、今後は、①経済制裁の効果が表面化する②経済構造の転換(軽工業の立ち後れなど産業構造の脆弱さの解決)が後れ、ロシア経済にスタグフレーションに陥るーなどの状況に至れば再びルーブルは下落するとしている。

  1. ロシア・ルーブルは、ウクライナ危機を受け 3 月上旬にかけて急落したが、その後持ち直し、4 月上旬にはウクライナ侵攻開始前の水準を回復した。
  2. ルーブル持ち直しの背景には、ウクライナ危機を巡る市場の極端な危機感の緩和やロシアの安定的な経常黒字があると共に、何よりもロシア当局による政策金利の大幅な引き上げや各種資本取引規制の導入といったルーブル防衛策の効果が大きい。
  3. ルーブルは当面人為的に下支えされそうだが、今後経済制裁の効果が次第に顕在化し、ロシアの国際金融市場へのアクセスの制限から外貨繰りが逼迫したり、経済制裁を前提にした経済構造の転換がスムーズに進まず、ロシア経済がスタグフレーションに陥るなどした場合、ルーブルには改めて下落圧力が高まるリスクがある。

ロシア中央銀行がルーブル防衛のため金融引締め政策(政策金利の大幅引き上げ)を採用したことは事実だ。しかし、国際通貨研究所の見解には賛成しかねる。ルーブル相場の回復の真の理由は、次の点にあると思われる。

  1. 国際通貨研究所も指摘しているように天然ガスや原油、金を中心とした貴金属、穀物などコモディティ大国であることから経常収支が基調的・安定的に黒字である。
  2. ロシアの天然ガスが輸入できなければ経済が破綻する欧州諸国がロシアの要望通りに天然ガスなどのルーブル決済に応じてきている(中央銀行を含むロシアの銀行にルーブル決済口座を設け、ドルやユーロで支払った天然ガス代金を為替市場で売却、ルーブル建ての代金として決済する=一種のドル・ユーロ売り・ルーブル買いの為替介入だが、恒久的に続く。天然ガス代金はルーブル相場により変動する可能性がある=)。
  3. ウクライナ事変による資源価格(コモディティ価格)の急騰により、経常黒字の安定基調が強化されるが、ウクライナ事変が長引けば長引くほどこの傾向は続く(ロシアは「特殊軍事作戦(Special Military Strategy)」を時間をかけて行う意向と見られる。米国のバイデン政権もプーチン政権の打倒とロシアの政治・経済・軍事力の衰退=端的に言えば属国化=が狙いだから即時停戦の意思は皆無だが、プーチン政権の思惑にはまっている。米国の秋の中間選挙でバイデン政権の民主党は大敗北を被る可能性が強まっていくだろう)

ことなどにあると見られる。

ゼレンスキー大統領とコロモイスキー氏

 

ロシアの「特殊軍事作戦」の目的は、①東部ドンバス地域を中心としたロシア系ウクライナ国民の安全保障②ウクライナの中立化ーが狙いで、ウクライナの破壊にあるのではない。ロシア軍はウクライナの国民(市民)の虐殺や社会インフラ、産業インフラの破壊を目的に「特殊軍事作戦」を行っているのではないだろう。東京新聞は05月17日ロシア発の「マリウポリ製鉄所から負傷兵の退避開始 ロシア国防省『ウクライナ側と合意』」と題する記事で次のように伝えている(https://www.tokyo-np.co.jp/article/177786)。

ウクライナ政府は16日、南東部の港湾都市マリウポリで、防衛拠点となっているアゾフスターリ製鉄所から兵士らが退避を始めたと明らかにした。製鉄所では民間人の退避が7日に完了したが、数百人の負傷兵が残っているとされる。ロシア国防省は16日、製鉄所から負傷兵を退避させることでウクライナ側と合意したと発表した。退避する間は一時的に休戦する「人道回廊」を設け、必要な治療も提供するとしている。英BBC放送は、一部の負傷兵が16日夜、バスでロシアの占領地域に移送されたとしている。(中略)

(注:参考)ロシアのプーチン大統領は同日、北欧フィンランドとスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)加盟申請方針を決めたことについて、NATOの軍事施設が両国に置かれた場合は「対抗措置を取る」と強調した。旧ソ連諸国でつくる軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」の首脳会合で表明した。プーチン氏は北欧2カ国のNATO加盟自体は「脅威にならない」と述べる一方で、NATOの拡大は地域の安全保障を不安定にすると指摘した。

そうしたことは、ウクライナ国民(市民)の嫌われものでありウクライナ版ナチズムの提唱者であるステパン・バンドラの民族思想を引き継ぐ民間軍事組織としてのアゾフ大隊(ウクライナのオリガルヒ=新興財閥=のイーホル・コロモイスキー氏らが資金提供して設立した)など今やゼレンスキー非合法政権(米国は、ビクトリア・ヌーランド国務次官補が指揮した2014年2月のマイダン暴力革命によって成立したウクライナの非合法政権を即座に承認した)の事実上の主力軍事組織になっているネオ・ナチ勢力のアゾフ大隊などが行っているものだろう。なお、ネオ・ナチ勢力はウクライナ政権の要職を占めている。

国際情勢解説者の田中宇氏は5月15日に「フィンランドとスウェーデンNATO加盟の自滅」(https://tanakanews.com/220516nato.htm、無料記事)で次のような解説を行っている。

この話(注:米国のバイデン大統領がフィンランド、スウェーデンの首脳に対してビデオ会議でプーチン政権は崩壊するとの断定的な予測)の大問題は、ロシアがこれから崩壊するという話が大ウソであることだ。むしろ逆に、ウクライナ戦争でロシアの優勢が続き、石油(注:天然)ガス資源穀物などの国際価格の高騰でロシア経済も好調さが加速して、ロシアが台頭して欧米が劣勢になっていく可能性が大きい。2月末のウクライナ開戦以来、米国側のマスコミは「ロシア軍は作戦失敗で苦戦し、敗北寸前だ。ウクライナ軍もうまく反撃している。ロシアは負ける」と大ウソの稚拙な戦争プロパガンダを喧伝し続けてきた。しかし最近はNYタイムスが「ロシアは開戦直後にドンバス(ウクライナ東部2州=注:ドネツク、ルガンスク州=)の30%(ロシア系民兵団の開戦前からの支配地)しか支配していなかったが、今や支配地を広げてドンバスのほとんどを支配している(露軍は計画通りに作戦を遂行できている)」と認める記事を出している(ロシアはこれから負けるかもと、記事の後半でプロパガンダをぶり返しているが)。ロシアはウクライナで負けていない。勝っている。 (Ukraine War’s Geographic Reality: Russia Has Seized Much of the East) (ウソだらけのウクライナ戦争)(中略)

米同盟国の首脳陣の中にも、ロシアが勝っているという事実を把握している人はいる。たとえばフランスのマクロン大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領に「ドンバスとクリミアの主権を放棄してロシアと和解するしかない」と提案し、ゼレンスキーが逆ギレしてマクロン提案を世界にばらした。マクロンは、ロシアが勝っていることを知っているので、ゼレンスキーにそのような提案をした(ロシアが負けるなら、ウクライナに大幅譲歩の対露和解を勧めなくてよい)。EUは今年末までにロシアからの石油輸入を止めることを決めている。ロシアとウクライナを早く和解させないと、EUがロシアからの石油ガスの輸入を本気で止めねばならなくなり、EUの経済が自滅してしまう。だからマクロンはゼレンスキーに、ドンバスとクリミアをあきらめろと加圧した。だがゼレンスキーは、最大の後ろ盾である米国から、絶対にロシアに譲歩するなと言われており、マクロン提案を暴露して米国に通報した。マクロンは欧州の自滅を止められない。 (France denies Ukrainian claims

イタリアのドラギ首相は先日訪米した際、記者団に「ロシアから天然ガスを輸入してきた国のほとんどは、プーチンの言いなりになってガス代をルーブルで払うための口座を作った」と暴露した。ガス代用のルーブル口座開設はEUの対露制裁に違反しているとEU当局は言っているが、ドラギは「違反かどうか不明なのでみんなやっている」と発言した。EUの対露制裁には大きな風穴が開いている。ウクライナ開戦から3か月近くが過ぎ、戦争状態の長期化が不可避になっていく中で、ロシアは負けそうもなく、米国の諜報分析の方が間違っていると考える指導者が、米国側諸国の全体で増えていると推測できる。訪米中のドラギの暴露は、諜報界が無能になった米国を揶揄する意図が感じられる。 (Italian PM Draghi Now Supports Ruble Payment Scheme for Russian Gas) (European Sanctions Blown To Bits: Draghi Says “Most Gas Importers” Have Opened Ruble Accounts With Gazprom)(中略)

田中氏の見立てをサイト管理者(筆者)流に解釈すれば、米英ディープ・ステート(DS)の中には米英一極覇権体制を諦め、多極世界体制を構築しようとしている勢力が争っており、現在は「隠れ多極勢力」の優勢が確定しており、米英一極体制維持勢力を支配しつつあるという(「米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化」https://tanakanews.com/220515intel.htm)。米国の国力の衰退もあり、米英ディープ・ステート(DS)による世界一極支配体制の維持には相当のコストがかかり、米国はその負担に耐えきれなくなっている(米国は世界最大の軍事大国でありながら同時に世界最大の対外純債務国)。そして、コモディティ大国、人口大国を含むロシアや中国、中東産油国、イラン、インドなど非米欧日陣営の政治、経済、科学・技術、軍事面での台頭が著しく、国際社会の運営に責任を持つ中核諸国はかつてのG7諸国ではなくG20諸国に移行してしまっている。

なお、米英ディープ・ステート(DS)による世界一極支配体制派の拙稚なロシア敵視政策は、米欧NATO加盟諸国に亀裂をもたらす可能性を否定できない。

ウクライナ事変が長引けば長引くほど、国際情勢は激変する。近代欧米文明が理念として確立した「基本的人権の尊重」は保持されなければならないが、マックス・ウェーバーの意味での歴史の流れを切り替える新しい理念が必要な時に来ているのだろう(https://www.it-ishin.com/2020/08/16/historical-sociology-2/)。なお、日本国内ではウクライナ事変を正当に理解できず、世界情勢の権力構造の大転換にも無知なまま、誤った宣伝が流布されている。国際政治経済情勢に詳しく、「政策連合」の中核でもある植草一秀氏はメールマガジン第3223号「 ウクライナ戦乱根本原因を考える」(05月16日号)で次のように警告されている。

ウクライナで戦乱が生じ、防衛力強化や敵基地攻撃の推進など、軍備増強の話ばかりが拡散されている。また、日本国憲法についても9条改定や緊急事態条項創設などを煽る主張が流布されている。しかし、問題の本質を考察すると、現在の論議は見当外れの感を否めない。(中略)

EUとの連携協定署名先送りに関して、ウクライナ政府とEUとの間で2014年2月21日に合意が成立した。合意内容は以下のもの。①2015年に予定されていた大統領選挙を2014年12月に前倒しして行う②2014年憲法に復帰し、大統領制から議院内閣制にシフトするべく、憲法改正を行う③入獄していたティモシェンコ前首相(注:首相時代を含めて天然ガス関連の不正行為を行い、天然ガスの女王と揶揄されている)の釈放④暴力行為の禁止(警官側も、反対デモ側も)。事態は沈静化するはずだった。ところが、合意成立翌日の2月22日朝に事態が急変した。独立広場に集まっていた反対派(ヤヌコヴィッチ大統領によるEUとの連携協定を先送りすることへの反対派)に対する狙撃が行われ、多数人が殺害された。殺害されたのは反対派市民と警官29名。

狙撃を契機にデモ隊は銃器も含めた暴力を行使したが、警官隊は21日の合意を守って暴力行為を控えた。この狙撃騒乱を契機に議会が反対派に占拠され、(注:2010年初に合法的な大統領選で選出された正当性のある)ヤヌコヴィッチ大統領(注:2011年1月には日本を公式訪問した。日本滞在時には大勲位菊花大綬章を平成天皇から授与されている)が国外逃亡に追い込まれた。反対派市民勢力は憲法の手続きによらず非合法の新政府を樹立。米国が直ちに新政府を承認して政権転覆が既成事実化された。問題はこの狙撃が「偽旗作戦」であった可能性が極めて高いことだ。

不当で非合法的なマイダン暴力革命によってウクライナに米国の傀儡政権が樹立された。そして、ロシア系ウクライナ住民の弾圧と大量虐殺が始まり、ウクライナは内戦状態に陥った。このため、停戦のためのミンスク合意Ⅱが2015年2月に締結されたが、マイダン暴力革命以降のウクライナの非合法政権は現在のゼレンスキー政権も含めてミンスク合意Ⅱを無視し、内乱は8年間も続いて終わることはなかった。端的にいって非合法のウクライナ政権にはネオ・ナチ勢力が要職に就き続けた。

マイダン暴力革命によってウクライナに米国の非合法傀儡政権が樹立されたことが、今年2月のウクライナ事変の始まりである。米国がロシア側とミンスク合意Ⅱの履行のために誠実な外交交渉努力を行い、「汎欧州共通の家」構想の実現に向かっていれば、今回のロシアの「特殊軍事作戦」は必要なかった。本サイトの次の投稿記事を参照していただきたい。



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