「日本一新運動」の原点(249)ー関東圏有志による新年会報告!

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○ 日本一新運動 関東圏有志による新年会報告!
 
1月25日(日)午後2時半から、日本一新の会・オリーブ神奈川・オリーブ千葉の有志による新年会が開催された。国民の政治離れが著しい昨今、参加者の数が心配されたが、なんと80名弱の懐かしい顔・初めての顔で、補助席さえ満席となる盛会であった。

(「政治家の責任」について小沢さんの見識を知ってもらうための衆議院選出馬だった!)

私の総選挙出馬は国民の中からさまざまな批判や失笑を受けたが、新年会に参加された方々には、絶大なご支援を受けたことに謝意を表して、出馬の真実の動機は何だったのか私の心境を説明した。

民主党が衰退した原因を、自公両党の協力で消費税増税を実現した野田民主党に反発して、小沢さんが「民主党から集団離党させた」ことにあるとの意見が、与野党にわたって平然と語られていることに、私は深刻な思いを持っていた。特に、当時の民主党現職国会議員の4分の3はその意見で、親しい民主党の複数の幹部も同意見であることから、たびたび大論争になった。マスコミ有識者の見方も同じ線で、政略的に捏造されていた。

消費税増税問題を巡って、平成25年3月から6月まで、野田首相・輿石幹事長・小沢さんが非公式に協議を重ね、その時々に小沢さんから相談を受けていた私としてはことの真相を知る立場にあった。野田・輿石・小沢会談は決裂し、消費税増税に国民は喘ぐようになったが、最後の場面での小沢さんの見識は「政治家の責任と覚悟」とは如何なるものかを示し、歴史に残すべきものがあった。無論、本人がこれを語ることはあり得ない。

だからといって、すべての責任を与野党のみならず、社会的風潮として、小沢さんに背負わせる我が国の政治文化を黙認できない私としては、東北ブロックに出馬して「岩手県」で事の真相を公表する絶好のチャンスと考えた。それが平成26年12月10日の「生活の党岩手県連演説会」であった。その要旨の報告を新年会の第一
報としたい。

平成24年3月9日、党内の消費税問題の対立で困り果てた城島民主党国対委員長は、お茶の水の居酒屋〝面(おもて)〟で私に対応を相談したのが事の始まりであった。民主党執行部には打開策がなく、知恵を出してくれとのこと。翌日党員資格停止中の小沢さんに民主党の実情を説明、翌月11日、3・11の1周忌式典の夜、小沢―輿石会談がもたれた。小沢さんは独自の調査で地域経済の育成、逆進性対応のセーフティーネットを整備しないと大混乱になると判断していた。1年間関係法案の提出を延期し、必要な整備をした後であれば協力すると輿石幹事長に伝えた。

この話を、野田政権を支える輿石幹事長が野田首相に伝えたが拒否された。私の推測だが、政権を支える幹事長として首をかけ、自分の〝ことば〟として迫るべきことを、小沢さんの提案として説明したようだ。そして、3月30日、消費税増税法案などを、民主党内だけではなく連立を組んでいた亀井国民新党代表の強い反対を押し切って国会に提出した。それでも、小沢さんは消費税増税法案等を1年間凍結することを、再三開かれた野田・輿石・小沢会談で国民生活と民主党政権存続のため説得し続けたが野田首相は拒絶し続けた。

六月十五日、民主・自民・公明の三党は、消費税増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法案を修正し、今国会で成立させることで合意した。今日の我が国の政治・経済の混迷の原因は、この3党合意の嘘言にある。それを洞察していた小沢さんを、民主党政権で生かせなかったことが、日本の悲劇であることを国民は知るべきだ。

私は後日、小沢さんに「何故、野田首相を説得できなかったか」と詰め寄った。ぽつりと語った言葉が私の心に残っている。「どうしても消費税を増税したいなら、成立後『何故、増税か』を丁寧に国民に説明し首相を辞めるなら協力する。政治家の究極の責任とはそういうものだ。国民は増税へ多少の理解をするだろうし、政権交代の総選挙で国民との公約を破った民主党の責任も軽減されよう。反対を貫いてきた私が協力することに対する国民の批判は敢えて背負う」と。我が国でこの「小沢見識」を理解する政治文化が失われていることが、最大の問題である。

新年会の質問の時間では「戦後70年、日本を支配した権力の実態は何か!」など大事な問題が提起された。重要な問題なので、次号で採り上げたいと考えている。

○ 消費税制度物語  (9)

(難航する昭和62年度総予算の審議)

昭和62年2月2日(月)日程より1週間遅れで衆議院の代表質問が始まった。ところが中曽根首相が減税総額4兆5千万円を、14兆円と間違えて答弁し問題化する。翌日、中曽根首相が訂正の発言をしたが、これが訂正になってなく再び紛糾する。こんなことを続け参議院での代表質問が終了したのが2月4日になった。中曽根政権は総予算の審議が遅れることに焦り、2月4日の参議院での代表質問終了直後に衆議院予算委員会を自民単独で開き、提案理由の説明と公聴会開催を強行採決する方針を決めた。この暴挙は、ポスト中曽根を巡る抗争のひとつで、宮沢大蔵大臣を擁する宏池会と安部派が竹下幹事長を困らせるためのものだった。

この強行採決の3時間前に、竹下幹事長の側近、佐藤自民党国対事務次長が私の意見を求めてきた。「絶対にやめるように。総予算の見通しがつかなくなる」と進言した。竹下幹事長は納得したが、押し切られた。自民党の予算委開会の暴挙で、売上税法案どころか、総予算の審議に大きな障害をつくった。困り果てた竹下幹事長は側近の早坂茂三氏に、国会運営全般について私と懇談することを要請してきた。翌5日夕方に会い、私が進言したことは、「このまま売上税法案を強行していくと、統一地方選で敗れる。総予算の成立を優先させ、売上税法案関係は政治的に凍結し公約違反の不祥事を消して、堂々と税制の抜本改革を断行すべきだ」、と進言した。

 2月4日の衆議院予算委の強行採決で不正常となった国会は、いろいろな与野党の紛糾が続き、正常化したのは1ヶ月後の3月3日であった。この時期、普通なら総予算は衆議院を通過して、年度内成立が確定するのだが、売上税法案騒ぎで衆議院の審議がようやく始まるという無様さである。暫定予算必至というなかで、同月8日に行われた参議院岩手選挙区補欠選挙で社会党が圧勝する。野党側は売上税法案の阻止にますます熱を上げるようになる。衆議院予算委がようやく正常化した矢先、またも公聴会や売上税関係の資料を巡って紛糾し、3月13日には3度目の不正常事態となる。18日になって金丸自民党副総裁から記者を通じて「収拾の考え方についてメモをくれ」とのこと。

 「メモ」の要点は次の通り。

1)売上税問題について 税制改革はお金の定数是正である。昨年の議員定数是正を緊急・臨時にやるだけでもあれだけ紛糾した。お金の定数是正だって紛糾するのは当たり前である。要は、冷静になって可能な限り時間をかけて、多くの国民が納得する知恵を出し合うのが国会のつとめではないか。

2)総予算の審議について 総予算とは国政を動かすための血液だ。それなのに今年の予算審議は3月後半になっても成立のめどもたたず、わずか10時間にもたりない時間で放置されている。明治23年に議会が始まって以来初めての異常なことである。国民は、国会の議論を通して国政を知る権利を持っている。国会をいつまでも不正常にしておくことは、国会自身が国会を否定することになる。こんなことを続けていたなら、議会政治はいらないという国会不用論感が出てくる。これが一番心配なことだ。

翌19日夜、帰宅しようとしているところに、早坂茂三氏から電話があり、「時間があるなら竹下幹事長が、赤坂〝満がん〟で待っている。金丸さんから指示があったようだ。話をしてやってくれ」とのこと。午後8時頃、3人が揃い9時半頃には早坂氏が帰り、後は竹下幹事長と二人で朝八時まで飲み明かした。この時の懇談の要点がその後の国会運営の流れをつくった。

要約すると、
1)総選挙で嘘をつくかたちでは、絶対に国民に信頼される税制改革はできない。売上税関係法案は議長の政治的立場を活用して、凍結すべきだ。

2)議長への説得と、凍結後抜本的改革に着手することを野党に保証させること。その上で、中曽根首相を大型間接税制度創設の功労者としての顔を立てる方策を考えること。以上のことに、竹下幹事長は政治生命を懸けること。
(続く)