大注目の米大統領選挙は前副大統領のバイデン候補が当確になっているが、アジア共同体研究所(理事長・鳩山由紀夫元首相)の孫崎享所長(外務省国際情報局長、イラン大使、防衛大学教授を歴任)によると、バイデン氏の背後には戦争なしには存在できない軍産複合体と国家の枠組みを超えて自社の利益を最優先する多国籍企業が存在する。このため、日本に対する要求は非常に厳しいものになろう。また、選挙人獲得数ではバイデン氏が圧勝したと見られるものの、投票数ではトランプ現職大統領も世論調査を覆して善戦したため、米国内の分断が簡単に収まるとは思えない。その一方で、中国は購買力平価ベースでは世界最大の経済大国になっており、ハイテク軍事兵器の生産に必要な科学技術レベルの水準も飛躍的に向上している。世界最大の経済・軍事力を持った米国を中心とする戦後の国際秩序は終焉に至り、世界は激動期に突入している。日本は従来の対米隷属外交の続行では限界を迎える。今こそ、真の「積極的平和主義外交」の態勢を築かねばならない。
本日11月14日土曜日の新型コロナ感染状況は、東京都では午後15時の速報値で新規感染確認者は1週間前の7日土曜日の294人より124人も多い352人(https://www.fnn.jp/articles/-/61484)、東京都基準の重症者も前日比2人増加の41人で、5月に緊急事態宣言が解除されたあとでは最多。東京都のモニタリング(https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/)では、7日移動平均での感染者数は296.4人、PCR検査人数は4583.9人だから、陽性率は6.87%。東京都独自の計算方式でも5.7%。感染者のうち感染経路不明率は55.75%だった。
全国では、午後20時30分現在、3日連続の過去最多更新の1739人、死亡者は3人確認されている。大阪府の新規感染確認者が過去最多の285人になったほか、神奈川県でも12日と並び過去最多の147人。詳細はこちらのサイトでご覧下さい。
東洋ONLINE(https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/)では、11月13日時点の実効再生産数は全国が前日比変わらずの1.42人、東京都では前日比0.04人増加の1.39人と急激に悪化している。
複数の大手マスコミの伝えるところによると、ジョージア州(選挙人16人)とノースカロライナ州(15人)で選挙結果が確定したことから、全米での投票集計が事実上終わり、選挙人の獲得数ではバイデン前副大統領が過半数の270人を上回る305人を獲得、トランプ現職大統領は232票の獲得にとどまった。ただし、ジョージア州では得票率の差が0.3ポイントだったため、州法の規定により再集計が行われている。東京新聞11月15日2面によると、アリゾナ州でトランプ氏側が求めていた再集計を求めていた訴訟は、逆転は不可能と判断したため、取り下げたという。全国の投票数ではバイデン氏が7800万票近くを獲得し、500万票ほどリードしているとは言え、トランプ氏も7300万票を獲得している。2016年大統領選挙の際に獲得した投票数6297万9636票を1000万票上回っている。いわば、トランプ氏は善戦した形であり、多民族国家のアメリカ合衆国の分断は容易に収まりそうもない。
バイデン大統領が来年1月20日に正式に大統領に就任したとしても、重い課題は残っている。孫崎氏などによると(https://www.youtube.com/watch?v=V1ptXgBzSks&t=700s、https://www.youtube.com/watch?v=S2-E9q1Bheg)パイデン氏のウイークポイント(弱点)としては、次の諸点があるという。
➀バイデン氏は軍産複合体、米系多国籍企業の圧力を享けることになり、世界を緊張状態に置かざるを得ないという状況に陥る②対中包囲網の形成を進めざるを得ず、中国の反撃を受ける可能性が濃厚である③日米FTAで日本に対しても強力な圧力を掛けざるを得ない③バイデン氏は両勢力を利用して民主党内のバーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員ら社会民主主義色の強い民主党候補者を脱落させる工作を展開したため、民主党内をまとめられるか不安である③上院議員選挙(任期6年、2年毎に3分の1改選)では共和党が50議席(民主党は48議席)を獲得しているが、ジョージア州(2議席、うち1議席は病気による引退のための補選)ではいずれの候補も過半数を上回る得票数を得られず、決着は来年1月5日の決選投票に持ち越されたため、上院で50票を獲得できるか不安定になっている④下院でも過半数は維持したものの、6議席を共和党女性議員に奪われた。
【追記11月15日:五泉20時】バイデン氏はウォーレン氏を含む女性閣僚を多数、新政権の閣僚として起用するとの報道(東京新聞11月15日付3面)ががある。民主党内の融和を図ろうとしているためだが、バイデン氏の背後に軍産複合体と超国家的な多国籍企業が存在する限り、米国流民主主義が抱えている積年の根本問題を解決することは不可能だ。
孫崎氏によると、冷戦後の米国が置かれた状況は次のようなものであり、これに対して大統領候補者は3つの方法を提示してきた。
米国ではリバータリアニズム(個人の自由を最大限尊重し、国家は個人に介入するなという主義・主張)の伝統が強いため、上図の(2)は民主党の候補者選びから外された。加えて、バイデン氏が軍産複合体と多国籍企業の勢力・資金力を使ってサンダース、ウォーレン上院議員を脱落させたようだ。米国の大統領候補者の予備選挙では。スーパー・チューズデイが決定的に重要な影響力を持つ。大統領選挙氏の候補者に対する人気投票(候補者選び)は2月から3月上旬の火曜日に予備選挙や党員集会が多くの州で一斉に開催される日があり、これを「スーパーチューズデー」と呼んでいる。今年は3月3日だった。
このスーパー・チューズデイで、当時は77歳の高齢で絶対的な優位には立っていなかったバイデン氏は、軍産複合体と多国籍企業の勢力と財力を使い、ミネソタ州選出のエイミー・クロブシャー上院議員とピート・ブティジェット前サウスベンド市長を降ろさせ、彼らに対してバイデン候補支持を表明させた。この結果、米国では「左派(リペラル)」陣営が分裂し、「中道派」のバイデンが有利になり。民主党の大統領候補者選出のレースをほぼ決定づけた。
一方、トランプ氏がほぼ敗北したのは、➀多国籍企業とは反対に、米国産業の工場を国内に取り戻し、回帰した企業を守るため中国など諸外国に対して高率関税を課すという、要するに徹底的な保護主義政策を取り、これを「米国ファースト」と自ら呼んだ。しかし、トランプ氏が経済学士号を得ているとは言え。これは、経済原理に反するものだった。日本では赤松要(かなめ)一橋大学名誉教授の提唱した「雁行形態論」という経済理論がある。これは、一国の企業が直接投資を行う場合、国内の産業・企業の新陳代謝・高度化を実現するため。生産法が普及した産業から行い、先端産業は国内で産業の高度化を実現するために自国優先の設備投資を行わなければならないとするものである。これを「日本型直接投資論」と呼ぶこともある。
その行き着く所は、直接投資企業国と非直接投資企業国との間の水平分業体制の確立である。これを実践したのが、中国と日本である。米国はニクソン・キッシンジャー忍者外交で中国を撮りこもうとしたものの、米国国内で中国宥和政策の是非でもめている間に田中角栄首相が1972年9月、中国に乗り込んで日中共同声明を発表、日中国交回復を実現した。その後、1978年8月12日に時の外務大臣・園田直が中国に乗り込んで「日中平和友好条約」を締結した。この日中平和友好条約は1978年10月に国会の衆参両院で共に圧倒的多数で批准され、同年10月22日に鄧小平副首相が来日した。この時、鄧小平副首相が日本の経済発展に驚き、「改革・開放路線」を本格的に練ったとされる(参照:https://gentosha-go.com/articles/-/10388)。
この改革・開放路線が、中国広東省深圳市など東シナ海、南シナ海側の都市に改革・開放特区を設け、特別待遇を設けて外資を誘致することによって、中国産業・経済発展の基盤を築いた。当初は労働集約企業(産業)から誘致したが、改革・開放路線が成功するに連れて資本集約産業も誘致し、これを全国に拡大していった。「赤い資本主義」の登場である。これに対して、米国では先端産業に属する企業から、安い労働力を求めて海外直接投資を行った。これでは、米国内に伝統的な、時代に後れた産業・企業が取り残され、産業構造の高度化は実現しなくなる。赤松要はこうした投資を「米国型直接投資」と呼んだ。
「米国型直接投資」は、米国の産業構造の高度化・経済発展を阻害した。こうした中で、米国にシリコン・バレーを衷心にしてIT産業が起こり、IT技術を駆使した金融革命も起こった。サブ・プライムローンはその悪しき形態であるが、結局のところバブルとその崩壊を生み出すことになり(リーマン・ショック)、結果として米国では中間層が没落、大格差社会になってしまった。この大格差社会を修復することが、近年の米国大統領選挙の主たる目的であった。
しかし、トランプ現職大統領が行った「米国ファースト」路線は、経済理論的には全くの誤りであった。そのため、トランプ現職大統領は2016年の選挙で、「さびた工業地帯(ラストベルト=イリノイ、インディアナ、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア諸州を含む米国の地域=)」の所得の低い白人層に訴えて激戦の末当選したが、「米国ファースト」政策では白人層の期待に応えることは出来ないし、事実出来なかった。
ラストベルト地帯では、この地域で頭角を現している技術としては、液体水素燃料電池の開発、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報技術および認識技術があるが、こちらの新技術の育成と産業振興に力を尽くすべきであった。トランプ現職大統領はまた、新型コロナウイルス対策にも失敗し、郵便投票を増やすことになり、自縄自縛に陥った。
その一方で、中国も日本や米国に留学生を送り、IT技術を積極的に学び(IT先進国台湾からの直接投資を積極的に利用)、取り入れてきた。このため、中国は改革・開放政策と相まってIT技術でも、世界最高水準のレベルに到達している。次の通りだ。
その結果、中国は自国で科学・技術を発展させ、超一流の経済大国・軍事大国になることを目指している。米国でも、シリコンバレーを拠点に、二次電池式電気自動車と電気自動車関連商品、ソーラーパネルや蓄電池等を開発・製造・販売している自動車会社のテスラなどは、中国市場に進出したいとしている。なお、アップルのiPhoneやGoogleのAndroidスマートフォンは中国(一部は韓国)で生産している。軍産複合体と多国籍企業の間に、ひびが入り込む余地がある。こうして科学技術力を自ら開発していけば自ずと経済大国・軍事大国になる。いまや、購買力平価で比べた世界第一位の国内生産国(GDP)は中国であり、米国の中央情報局(CIA)は実際の為替レートより、同じ製品を2つの国でいくらで買えるかで示される購買力平価を重要視している。
朝日新聞11月13日付1面に、バイデン氏は菅義偉首相との電話会談で、日米安保第5条「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない」を尖閣諸島に適用すると伝えた。
これまで、米国政府は領有権問題が発生している地域には、日米安保条約は適用しないというのが公式表明だった。また、尖閣諸島については、中国も領有権を主張している。孫崎氏によれば、キッシンジャーの忍者外交でのキッシンジャー・週恩来会談では「米国が尖閣諸島を『守る』のは、日米安保条約によるものではない。それが、米国にとって利益になる場合のみである」と言明しているという。また、田中・周恩来会談では、「尖閣諸島」の領有問題は棚上げすることで合意した。米国の軍産複合体がいかに中国人民解放軍を脅威と認識しているかの表れである(ただし、第5条は「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」と書かれているから、尖閣諸島の軍事的防衛義務を果たすとは限らない)。
ただし、1946年にアメリカ陸軍航空軍が、第二次世界大戦後の軍の戦略立案と研究を目的とした 「ランド計画/Project RAND」のための機関として設立され、米国の軍事情勢研究機関としてもっとも定評あるランド研究所は今日、米国の中国に対する軍事的優位性の認識を持っていない。例えば、日本が尖閣諸島に対する領有権を有しているとのなんらかの武力行使的な意思表示を行えば、中国人民解放軍は自前の精密中・長距離ミサイルで、日本の米軍基地と同基地に連動した自衛隊の基地を使用不能にする力を持っている。また、日本の対中輸出額は対米輸出額よりも大きい。日本が軍産複合体を背景にしてバイデン氏が大統領になった暁に、対中包囲網有志連合国に加われば、経済的にもまずいことになる。
要するに、「対米隷属主義」で独自の外交を展開することのなかった日本にとっては、バイデン政権の誕生で米中の股裂きになる恐れがある。自民党内部では親米派の菅総裁と親中派の二階俊博幹事長の対立が表面化するだろうし、官庁では外務省と経済産業省の対立が深まることになる。日本は今こそ、戦争のない状態を平和と捉える「消極的平和」に対し、貧困、抑圧、差別など構造的暴力のない状態を「積極的平和」とする概念を提起(1958年)したノルウェーの社会学者(数学者でもある)ヨハン・ガルトゥングの意図を踏まえ、日本国憲法の前文を基本として、言葉の正しい意味での「積極的平和主義外交」を展開する態勢を整えて行かなければならない。