ハワイで開かれていた環太平洋連携協定(TPP)の閣僚会合では新自由主義勢力が期待していた「大筋合意決着」が見送りになった。だが、「地獄行きのバス」(亀井静香衆院議員)に乗りつつあることに変わりはない。TPPは日本の米国植民地化の完成を目指すものであるが、政府が交渉過程を秘密にしているため、そのことが国民に明確に伝わらない。国会の場で、これまでの交渉内容を明確にする必要がある。
東京新聞8月2日付け朝刊によると、大筋合意決着が出来なかったのは、①米国が新薬の(成分データの)保護期間(10年以上)の短縮を絶対に譲らなかった②ニュージーランドが乳製品を柱とした農畜産物の関税の撤廃に近い低関税化を譲らなかったーことにあるとされるが、詳細は不明。
サイト管理者もサミット(先進国首脳会議)などを取材した経験があるが、基本的に公式見解は、①会議後の集団記者会見②日本の政府報道官のプレスリリースーでの発表に限られる。これ以外の新聞各社の報道内容は、政府筋によるお気に入りの新聞社に対するリークである。まれに、記者が詳しく聞いてきた場合、記者に見込みがあることとリークすることにメリットがある場合に、重要な内容をあうんの呼吸で教えることがある。
今回の東京新聞にはそのような内容は見られなかったが社説で、「TPP交渉についてわたしたちは、命や暮らしに影響する分野で国民が抱く不安を解消できなければ、合意には反対せざるを得ない」としている点については、「まあ、それなりに評価しましょう」という程度だ。
何故なら、TPPが国民生活を地獄に突き落とす「地獄行きのバス」であることは、民主党政権時代の管直人首相(当時)が2010年に唐突に打ち出してきてから明らかにされてきたことであり、今になってもなお、国民の「不安を解消できなければ」などと言っているのは、中日新聞社グループの取材能力・分析能力が足りない証拠であるからだ。
これについては本サイトで何度も触れていることだが、再掲したい。ただし、その前に米国が新薬の成分データの保護期間短縮を譲らず、結果として、財政基盤が整っておらず、国民皆保険制度が不十分な国が安価な後発医薬品(ジェネリック製品)の開発を妨げ続けているのは、同国の政府が「カネだけ、今だけ、自分だけ」の新自由(放任)主義を下に政策を展開していることを如実に示している。
「医は仁術」というのが東洋の道徳・倫理観である。その意味で、医療制度は亡くなられた宇沢弘文東大名誉教授が指摘して来られたように、資本主義経済社会を安定化するための「社会的共通資本」である。その意味で、いわゆる「市場原理」のみに委ねるべき分野ではない。これに成功して、世界最長寿国になっているのが、わが日本である。
米国の今回の閣僚会合での強硬姿勢を見ると、「医は仁術」という理念が全くないことが分かる。このままTPPが大筋合意に至れば、米国がTPPの大きな目的としている「混合診療の全面解禁」を日本に対して強要し、米系医療保険会社の対日進出、医療の大格差、国民開保険制度の事実上の解体をもたらすことは明らかだ。米国では国民が急病にかかり、救急車を読んでもまず、本人が民間の医療保険会社に加入し、治療代を支払えるかどうかが調べられる。支払いの見込みがなければ、救急車は病院に搬送せず、最悪の場合患者は死亡する。オバマケアも評判が悪く、国民開保険制度が確立したなどとはとても言えない。
世界でもっとも優れた日本の国民開保険制度を、このような米国型の医療制度に「カイカク」するのが、TPPのひとつの大きな目的である。ここで、TPPの目的をまとめると、第一に、農地売買の自由化による農業の株式会社化とそれに伴う農家・農民の事実上の「農奴化」、日本農業に最も相応しい農業協同組合組織の解体(ただし、農家を機械貧乏に陥れる悪徳農協は退治する必要がある。そもそも、こうした農協は、相互扶助を原則とする協同組合組織形態の理念から著しく逸脱している)が、それだ。
第二に、脳畜産品の輸入関税のはっきり言って撤廃による日本の米作農業および畜産農業の解体・壊滅化。これによって、2000年に及ぶ日本農業が果たしてきた自然環境の保護・維持という機能が失われ、自然環境という重要な社会的共通資本が破壊される。
第三に、米系多国籍企業のバイオテクノロジーの全面的解禁・推進により、食の安全を損なわさせ、米系医薬品多国籍企業、医療保険業界を儲けさせることである。
TPPの第四の目的は、既に述べたが、社会的共通資本としての医療制度への新自由主義・市場原理主義の持ち込みによる国民開保険制度の解体である。第四に、米国型の経済制度で日本をカイカクすることで、米系多国籍企業の進出を容易にすることである。現在、「経済成長のための規制なき国家戦略特区」を全国あちこちで導入することが予定されている。制度内容(法律内容)は、派遣社員を正社員化する道を防ぐための「労働者派遣法改悪」(今国会で成立)や、カネを払えば企業が雇用者を自由に解雇できるようにする「労働基準法改悪」(安倍晋三政権で改悪予定)などはその先鞭であるが、「国家戦略特区」ではこうした雇用の安定、労働者の生存の権利を脅かすことが大々的に行われる。
【※追記2015/0802 13時45分】
なお、「所得の少ない非正規雇用者を中心に、都会の市民にはTPPによる食料品の値下がりは大歓迎すべきことだ。従って、TPP積極的推進は絶対必要だ」との旨の論理を展開している元通産官僚の古賀茂明氏や一部の不勉強な新聞記者は、以上のようにTPPが関税障壁だけでなく、日本の経済社会には不可欠の非関税障壁(正当な社会的・経済的規制)の双方を撤廃し、日本を植民地化して非正規雇用者を含む国民全体からフローベースの所得やストックベースの富の収奪を意図的に伏せている点において、似非改革者でしかない。
詰まるところ、第五検察審査会が東電元幹部3人を強制起訴した点も含めて、①日本国憲法違反の戦争法案は廃案が相当②TPPは日本の植民地化の完成を目指す「地獄行きのバス」で到底乗車できない③原子力発電所を擁護する原子力ムラの「カネだけ、今だけ、自分だけ」という無責任体制は決して容認できないーということから、「分解不可能」である。このことを明確にしない自称改革者は、似非改革者であるとともに「I am a Govener of USA and Japan」なのである。また、「維新の党」や「民主党連合赤軍派」も信用不可能。なお、古賀氏出身で、「東大阿呆学部」と揶揄される「東大法学部」は、学生たちに新自由主義批判の経済学(日本流ケインズ経済学)を徹底的に叩きこむべきである。ここが日本の諸悪の根源である。
ここで重要なことは、日本国憲法14条1項では、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と明記されているので、「特区外の日本人労働者は(現行の)労働基準法の保護を享受できるが、特区内の日本人労働者は労働基準法の保護を受けられない」ということになると、明らかに「国家戦略特区」は憲法違反である(菊池英博著「新自由主義の自滅」=新春文庫=)。しかし、違憲の安全保障体系法案=戦争法案を「合憲」と強弁している安倍政権であるから、これも「国家戦略特区は特区内の産業を活性化し、もって、特区内で暮らす人々の生活向上に資するものですから、全く合憲です」と言ってタテマエを繰り替えすだけだろう。
第五に、札付きの悪法条項である「民間企業対国家間紛争調停条項(ISD条項)」がある。これは、詰まるところ、日本の経済社会で国民を守るための規制によって米国の多国籍企業が不利益を被った場合は、その損害賠償を政府=国民の血税に請求できる制度である。紛争調停場所は米国傘下の世界銀行内にある「投資紛争国際解決センター(ICISD)」だ。
このISD条項は、1994年に米国・カナダ・メキシコ三国間で締結されたNAFTA(北米自由貿易協定)で儲けられたものだが、同協定発行後46件も発動されている。しかし、米国が訴えられたのはわずか15件で敗訴はゼロである。米系多国籍企業が実質的に訴えられたのは、要するにゼロ件ということになる。これに対して、米系多国籍企業がカナダとメキシコの両政府を訴えたケースは36件もあり、米国企業が賠償金を得たのは6件、請求棄却はわずか6件。米系多国籍業が敗訴するケースはない、極めて不平等な内容になっているのが実情だ(菊池氏「新自由主義の自滅」)。
ところが、驚くべきことに政府はこうした事実関係を隠し、次のように「問題ありません」と誤魔化す。http://www.cas.go.jp/jp/tpp/q&a.html
=========================================
仲裁は、投資紛争解決国際センター(ICSID)など、中立的な仲裁機関を通じて行われます。ICSIDが世界銀行の傘下であることから、米国に有利な判断が下されるのではないかとの懸念も聞かれますが、そもそも、ICSIDは、仲裁のための行程管理など事務的なものを行い、仲裁の判断は行わないため、そのような指摘は当たりません。また、通常、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)やストックホルム商業会議所仲裁協会(SCC)、国際商業会議所(ICC)など、ICSID以外の仲裁規則・機関を選ぶこともできます。
=========================================
TPPにはまだまだ沢山の非公開内容があるが、米国と韓国の間で結ばれた米韓FTA条項を通じて、TPPが合意、批准された場合の日本の今後の行く末がある程度推察できる。その中で、韓国の経済学者が問題点として日本に忠告してくれているのは、①ISD条項のほか、②ラチェット条項(いったん決めた条約内容は、後でどんなことがあっても、米国以外の国はその内容を変更できない)③スナップバック条項(スナップバックというのは手のひらを返すという意味だが、米国だけはこの条項を行使できるという不平等条約)ーなどである。
実は、自民党は昨年2014年暮れの総選挙で、TPPのこうした問題点を認識していた。朝日新聞社系列のテレ朝報道ステーションは7月29日、北海道・東北の農家の票を得るため、TPP反対のポスターをいたるところで大々的に貼ったことを紹介した。
ところがどうか。国民が政治に期待しなくなり投票率が劇的に低下した総選挙で、自公カルト教信者の盲目的組織票により衆院で圧倒的多数の議席を獲得するやいなや、「ウソつきます。TPP断固推進。ブレまくります」となった。要するに、形式的な民主主義のただ中から、全体主義独裁政権が出現してくるのである。ヒトラー政権も、当時最も先進的な憲法と言われたワイマール憲法から出現した。選挙制度の問題ではない。国民の意識、つまり、「個の確立」の問題なのである。ユダヤ・キリスト・イスラムの三大宗教は、「真善美の本体なる絶対創造神の前における個の確立」を歴史的に導いてきた。日本ではここのところがさっぱりわからないから、日本国憲法の基本精神である「基本的人権」が戦後の日本を破壊したなどという歴史無視の「議論」が、京大法学部出身のエリートから出てくる。
外務省国際情報局長・防衛大学教授を歴任してこられた孫崎享氏によると、英国・オックスフォード大学でもっとも重要かつ大規模な学部は歴史学部であるという。「歴史に学ばない国民は、歴史の過ちを繰り返す」のである。もっとも、米英アングロ・サクソン民族中心の時代は既に終わっている。オックスフォード大学歴史学部でそのことを謙虚に打ち出せるかどうか、である。
【※対米隷属政策からの脱却について】
今日の日本の経済社会混迷の諸悪の根源は、①米国がポツダム宣言を破り、日本に対して日米旧・新安保条約を締結させ、米軍基地を日本国領土から撤退する意思がないこと②日米行政・地位協定という国会や国民がどうしようもできない米日両国官僚による対日支配構造を築いていること③米軍に事実上の治外法権を与えていること(だから、米軍が日本国および日本国民に残虐な行為・人権侵害を行っても、日本政府は裁くことはおろか、裁判すら行う権利がない)④米国が建国の精神を失い、トロツキズムの流れを組む米国左翼知識人が築き上げたとされる新保守主義および新自由主義(前期的資本主義)を世界に輸出、ユニラテラリズム(一国単独主義)に固執するとともに、欧米キリスト教文明圏の結実体としての国際連合(の理念)をないがしろにしていることーにある。このためには、日米安保条約第10条で対処すれば良い。
- 第十条
- この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。
もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。
これに気づいている日本の政治家は、国連中心主義への回帰、国連平和維持軍への貢献を訴える生活の党の小沢一郎代表だけであろう。
なお、小沢氏は安倍晋三首相が戦前回帰思考に取り憑かれている旨の発言をしているが、安倍首相にそこまでの構想力はないと思う。サイト管理者は要するに、米国の指令通りに動いているだけであれ、その結果については責任を取る能力はもちろん意思もない、「あとは野となれ、山となれ」の思いしかないものと思う。