トラス英首相、「大型減税策」撤回で市場好感するもののスタグフレーションが本格化へークレディスイスにも注目
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注目されていた今週10月17日のロンドン金融市場は、トラス英首相がクワーテング財務相を更迭して450億ポンド(1ポンド=168.89円で7兆6000億円)の「大型減税策」を全面的に撤回したため、国債市場で国債金利が低下(価格は上昇)し、懸念されていた金融市場の混乱は一時的に免れた。しかし、QT(Quantitative Tightening=量的金融引締め政策=)続行、財政緊縮政策への転換で不況は深刻化する一方、ロシアへの経済制裁措置の跳ね返りでエネルギー価格や穀物価格などコストプッシュ型インフレが続くため今後、不況とインフレが併存するスタグフレーションが本格化することになる。

インフレと不況が共存するスタグフレーションが本格化する米側陣営

リズ・トラス首相が2020年9月に英国の経済規模からすれば「大型」になる「減税政策」を発表してからの英国の金融危機については、例えばロイター通信が次のように伝えていた(https://jp.reuters.com/article/britain-bonds-idJPKBN2R91TX)。

(注:2022年10月)14日の市場では、英国債利回りが序盤の大幅低下から一転急上昇する波乱の展開を見せた。トラス首相が減税計画を一部撤回すると発表したものの、投資家を納得させることはできず、踏み込み不足との評価が示された格好。

英10年国債利回り は、取引開始時に3.899%まで低下していたが、その後大きく切り返し、終盤は13ベーシスポイント(bp)上昇の4.33%。30年債利回りは、取引開始時に4.244%まで低下していたが、終盤では約25bp上昇し4.79%。20年債も同様の値動きを見せた。

この英国の金融危機について詳細な解説を行ったのが国際情勢解説者の田中宇(さかい)氏の論考「英国から始まった金融危機」だ(https://tanakanews.com/221012bond.php、有料記事)。論考冒頭部は次のように説明されている。

中央銀行の介入によっていったんおさまっていた9月末からの英国の国債危機(長期金利の危険な上昇)が再発している。今回の英国債危機は、9月初めに就任したトラス首相の英国新政権が、石油ガス高騰への対策としての公金による補助金支出と、景気対策としての減税(政府歳入の減少)を同時にやる政策を発表し、国債発行が急増して国債が売れなくなるとの懸念から、9月下旬に英国債の長期金利が上昇し、危険水域である4%を越えたことて危機になった。英中銀は9月28日、国債を無限に買い支えると発表する債券市場介入を行い、いったん危機は去った。 (破綻が進む英米金融

だが、英中銀の国債買い支えは、以前のQEの時とやり方が異なっていた。以前のQEは、英中銀が事前に決めた総額まで、金利(国債価格)を勘案せずにどんどん買っていくやり方で、中銀が介入するほど国債価格が上がる(金利が下がる)ので、金融界は大喜びで中銀に国債を売った。国債金利の引き下げ(政府の国債利払い額を減らすこと。国債価格のつり上げ)がQEの目的の一つだった。 (米連銀がQTをやれない理由

対照的に今回の買い支えでは、英中銀が、市場の国債価格(金利水準)とほぼ同じ条件で「無限の買い取り」を宣言している。これまでの金融相場の悪化により、市場の国債価格はすでにかなり低く、銀行や機関投資家は今の国債価格で売ると損が出るので売りたがらない。先行きが不透明な(多分もっと下がる)ので買い手もおらず、市場が凍結したまま危機が深まっている。そんな中、英中銀が市場価格とほぼ価格で「無制限に買い取るよ」と声高に叫んでも、誰も売りにこない。英中銀が「無制限に債券を買い支える」と発表した直後は、「それはすごい。これで相場は安定する」と皆が考え、一時的に国債価格が反発し、金利が下がった。だが、買い支えの条件(価格、金利)が悪く、誰も売りたがらないとわかると、この策のインチキさが露呈して金融危機がぶり返し、金利が再上昇した。9月28日から10月10日の間に起きたのは、そういう話だった。10月10日、10年もの英国債の金利が再び上昇して危険水域の4%を越え、危機がぶり返した。 (Bank Of England To Global Markets: ‘You Have 3 Days To Sell All The Things’) (BoE’s New Support Plan Fails As UK Gilt Yields Explode Higher

しかし、トラス新首相は盟友のクワーテング財務相を更迭、要するに責任を負わせて「大型減税策」を全面的に撤回した。このため、ロイター通信(日本語版)が日本時間の10月18日午前01時20分に公開した「ユーロ圏金融・債券市場=利回り大幅低下、英国債に連れる」と題する記事は次のように伝えている(https://jp.reuters.com/article/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%AD%E5%9C%8F%E9%87%91%E8%9E%8D%E3%83%BB%E5%82%B5%E5%88%B8%E5%B8%82%E5%A0%B4%EF%BC%9D%E5%88%A9%E5%9B%9E%E3%82%8A%E5%A4%A7%E5%B9%85%E4%BD%8E%E4%B8%8B-%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E5%82%B5%E3%81%AB%E9%80%A3%E3%82%8C%E3%82%8B-idJPL4N31I3C8)。

英国の中央銀行であるイングランド銀行

ユーロ圏金融・債券市場では、利回りが大幅低下した。英政府が国債市場の混乱を招いた「ミニ予算」撤回を表明し、英国債利回りが急低下したことに連れた。ハント英財務相は17日、トラス政権の450億ポンドの減税計画のほぼ全てを撤回すると表明した。ドイツの10年国債利回りは10ベーシスポイント(bp)低下の2.258%。低下幅は10月3日以来で最大となった。先週は2011年8月以来の高水準となる2.423%を記録していた。英国の10年国債利回りは37bp低下し3.958%、2年債は29bp低下して3.591%となった。
INGのシニア金利ストラテジスト、アントワーヌ・ブーベ氏は「しかし市場はまだ神経質になっており、中央銀行の金融引き締めやインフレ動向、よりタカ派的な米連邦準備理事会(FRB)をにらみつつ、明確な方向性を見いだせていない」と語った。

トラス首相が盟友のクワーテング財務相(更迭前)と発表した総額450億ポンドの大型減税策は次のようなものだ(https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/09/26c0540c7bad3060.html#:~:text=%E6%89%80%E5%BE%97%E7%A8%8E%E3%81%AE%E6%9C%80%E4%BD%8E%E7%A8%8E%E7%8E%87%E3%81%AE,%E3%81%9F%E9%9A%9C%E5%A3%81%E3%83%BB%E8%A6%8F%E5%88%B6%E3%81%AE%E6%92%A4%E5%BB%83%E3%80%82)。

  • 20234月以降の大企業向け法人税増税を中止し、19%を維持。
  • 20224月より導入済みの国民保険料の引き上げを撤回し、116日より引き下げ。
  • 土地・不動産の取得にかかる土地印紙税について、ゼロ税率の対象となる不動産評価額の上限を25万ポンド(約3,875万円、1ポンド=約155円)に引き上げ。初めて住居を購入する者に対しては、ゼロ税率の対象となる評価額の上限を425,000ポンドへ、5%の軽減税率の対象となる上限も625,000ポンドへ引き上げ。
  • 優遇税制、開発の迅速化などのメリットを享受可能な投資ゾーンを設置。税制面では新規の建物または拡大部分に対するビジネスレート(事業税)の免除、商業・居住施設建設用の土地購入にかかる土地印紙税の免除、年収5270ポンド以下の新規従業員の国民保険料の雇用主負担分を免除。また、指定区域で利用される工場や機械に対しては初年次資産控除の対象として費用の100%を控除。
  • 所得税の最低税率の20%から19%への引き下げを1年前倒し20234月より導入。年収15万ポンド以上の所得者に対する税率を45%から40%に引き下げ、最高税率を40%に。
  • 新たな道路の計画・建設、エネルギーインフラ案件の実行の迅速化、環境アセスメントの合理化などに向けた障壁・規制の撤廃。
  • 失業者・低所得者向けの社会保障給付(ユニバーサル・クレジット)の受給者のうち、定期的な就職指導の対象となる層を拡大。50歳以上の求職者に対しては追加の就職指導の時間を提供。

ただし、発表済みで10月01日から実施しているエネルギー価格高騰対策は現在のところ継続する見込みで10月からの6カ月間で600億ポンド規模の財政支出になる見込みだ。しかし、撤回された大型減税策と同様、財源の裏付けがなく、金融・為替・株式市場の混乱の火種になる。トラス新政権はQT(Quantitative Tightening=量的金融引締め政策=)続行、財政緊縮政策への転換、要するに不況政策を余儀なくされた。加えて、トラス政権の政権基盤は大幅に弱体化した。

また、英国でのエネルギー価格高騰を主因とした物価の急騰は、つまるところロシアに対する史上最大規模の経済制裁で原油・天然ガスや穀物などの輸入価格の高騰によるコストプッシュ型のインフレだから、QTや緊縮財政への転換など国内需要抑制政策を採っても収まらない。国内需要喚起政策(その究極の形態は、原則的に中央銀行では禁止されている国債の中央銀行引き受け=通貨増発による内需刺激策=)を採れば、インフレ加速要因になる。現在の物価情勢では、国債の中央銀行引き受けは最大のインフレ加速要因になる。英国は今後、不況とインフレが併存するスタグフレーションが本格化することになる。

なお、こうした状況は米国でも同じだ(https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/10/46fced9d0c00fdaf.html)。

米国労働省が10月13日に発表した9月の消費者物価指数(CPI)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、前年同月比8.2%上昇となり、前月の8.3%上昇からわずかに減速しものの、民間予想の8.1%上昇を上回った。一方、変動の大きいエネルギーと食料品を除いたコア指数は6.6%上昇し、前月の6.3%上昇から伸びがさらに加速した。民間予想は6.6%上昇で同じだった。前月比では、CPIは0.4%上昇、コア指数は0.6%上昇で、前月はそれぞれ0.1%上昇、0.6%上昇だった。

コストプッシュ型インフレ終息の基本は、米英両国とその傀儡政権であるゼレンスキー政権によるロシアとのウクライナ戦争を終わらせることだ。世界諸国民の人口から見たロシアのウクライナ侵攻についての評価は、次のようである(https://www.nikkei.co.jp/nikkeiinfo/about/creative/wethink2022/)。今回、ロシアの「特殊軍事作戦」から戦争に「昇格」した「ウクライナ事変」は本サイトで主張してきたように、米側陣営が経済危機を打開するためには米英軍産複合体とその傀儡政権が引き起こしてきたというのが深層・真相であるから、米側陣営が非を認めてロシア戦争を止めるしかない。

しかし、インドネシアでこのほど開かれたG20(財務相・中央銀行総裁会議)の開催前にプーチン大統領は、バイデン大統領との会談を打診したが、バイデン大統領は断ったようだ。また、G20も結束力が非常に弱体化した。ブルームバーグは、「G20、戦争や石油に関して意見相違-3日遅れの声明で明るみに」と題して次のような記事を投稿している(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-10-16/RJUMCBT1UM0W01)。

20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁らは、ロシアのウクライナ侵攻を含む多くの問題に関してさまざまな見解を表明した。同侵攻とそれが世界に及ぼす影響を巡って意見が割れる中、(注:慣例を破って)3日遅れで声明が発表された。

今年のG20議長国を務めるインドネシアが16日に公表した「議長国要旨」によると、「多くの加盟国がロシアの対ウクライナ戦争を強く非難し、ウクライナに対するロシアの不法かつ正当化されない、一方的な戦争は世界の景気回復に悪影響を及ぼしているとの見方を示した」という。

苦肉の議長国要旨だが要するに、ウクライナ戦争に対処するためのロシアに対する空前の経済制裁措置は、詰まるところ米側陣営諸国に対して悪影響を及ぼしているといとうことだ。このため、ロシアのウクライナ侵攻を非難している世界諸国の人口は36%にとどまり、ロシアを支持する諸国の人口は32%とほぼ同数。中立諸国人口は32%だが、この中に実際は反米・親ロシアの国々も少なくないと見られる。

世界はいま、米欧日などの「西側陣営」と「中国・ロシア陣営」、そして「中立パワー」と呼ばれる、どちらにもくみしない国家群の3極体制に移っています。国際社会での米国の指導力低下などを背景に台頭する、トルコやインドなど「中立パワー」の行動基準は、民主主義の価値よりも自国にとって損か得かです。ロシアによるウクライナ侵攻に対する各国の立場の違いは、世界秩序の縮図でもあります。

 

さて、今回のトラス首相の不祥事に対して国際情勢解説者の田中宇(さかい)氏は、「巨大な金融危機になりそう」と題する最新の論考で次のように総括している(https://tanakanews.com/221017suisse.php、有料記事)。

英国では、英国債の長期金利が危険水域の4%超まで急上昇し、英中銀が国債買い支えのQEを再開して事態を延命させたのに、それは先週末までで、今週からはQEをやめてQTと利上げの緊縮策を再開する。トラス英首相は、緊縮策を再開する代わりに、国債危機の原因となった減税策を撤回し、減税策を試みた責任を財務相になすりつけ、就任から1か月しか経っていない財務相を罷免した。トラスは、もっと上の勢力(米国側)から、QE再開は絶対ダメだ、すぐやめてQTと利上げを再開しろと厳命され、仕方なくQE再開を引っ込め、それだけでは国債金利が再び高騰して危機がぶり返すので、自分の減税策も引っ込めて財務相を罷免した。 (英国から始まった金融危機) (UK Chaos: Truss Sacks Kwarteng, Set To Unveil Major U-Turn On Tax Cuts

トラスは、自らの政治生命を守るため、QE再開を定着したかったはずだ。だがそれは禁じられ、トラスは代わりに自らの政治生命を縮める減税策の撤回をやらざるを得なかった。英国の経緯を見ると、米英の最上層部が、傘下の政府当局によるQTと利上げの放棄を阻止していることがわかる。QTと利上げは今後も続く。少なくともクレディスイスや他の銀行の危機がもっと悪化して顕在化してマスコミでリーマン危機の再来だと騒がれるまでは、事態を悪化させるQTと利上げが続けられる。 (来年までにドル崩壊) (破綻が進む英米金融

なお、本最新論考の主テーマは世界の主要・代表銀行であるクレディスイスのリーマン・ショックの恐れのあるような破綻危機について述べたものだ。その伏線として述べると、米国の中央銀行とスイスの中央銀行はスワップ協定(あらかじめ定められたルートで二国間の通貨を好感すること)に基づいて、米国側が多額のドル資金をスイスの中央銀行に融通している(https://jp.reuters.com/article/usa-fed-currency-swaps-idJPKBN2R90DD)。

米ニューヨーク連銀が13日発表したデータによると、スイス国立銀行(中央銀行)は今週、連邦準備理事会(FRB)との通貨スワップ枠から62億7000万ドルを引き出した。引き出し額は先週の31億ドルの約2倍。期間は7日、金利は年3.33%。

田中氏は、100億ドル近いドル資金のスイス中央銀行へのスイス・フランとの交換は株価が大幅に下落し、経営危機に直面しているクレディスイスを救済するためのものだと見ている。本論考のリード文は、下記の内容だ。

昨年から続くクレディスイスの危機が悪化して、とどめを刺しそうな事態になっている。背景には、米連銀が(間違った)インフレ抑止策としてQTと利上げを続け、クレディスイスのような今夏から格付け低下・リスク上昇・悪いうわさ頻出の傾向にある金融機関の資金調達が困難・高金利・高コストになっていることがある。昨年までのように、QEとゼロ金利策で安い資金が大量にあった時代なら再建しやすかったが、今のように金利上昇と資金収縮が続いていると、経営再建や延命がどんどん困難になり、債務不履行などの破綻が近づく。クレディスイスが破綻したら、欧米だけでなく日本や中国の大手銀行も危なくなる。大きすぎて潰せない銀行が潰れると、それは金融の世界システム(米覇権)の崩壊になる。

極めて重要な示唆に富む論考なので、一読をお勧めしたい。ウクライナ戦争は、①軍事②情報③経済ーの三分野にまたがる複合戦争であることを強く認識しておく必要がある。



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