今月01月25日に、都内で開かれた日印協会創立120周年記念レセプションで、蜃気楼(しんきろう)とも揶揄される元首相の森喜朗氏が「ウクライナ戦争でロシアが敗北することはなく、日本は和平の仲介をすべきだ」と語ったが、これは正論だ。米国を盟主とする北大西洋条約機構(NATO)諸国がいくら高性能戦車など最新鋭兵器をウクライナ側に提供したとしても、国際情勢に詳しい孫崎享氏が米紙ウォール・ストリート・ジャーナルをもとに語っているように、ロシアの人口(1億4千万人程度)の三分の一以下の人口(4400万人程度)しか持たないウクライナでは今年中に戦闘要員の不足が決定的になる。ゼレンスキー政権が高性能軍事兵器の供与を受けても、戦闘要員が不足すればウクライナ戦争の継続は不可能だ。清和会に所属した森氏は宏池会の牽制も兼ねて発言しているようだが、真相が謎に包まれている安倍晋三元首相の狙撃テロ事件は、自民党の派閥抗争にも大きな影響を与えている。
森喜朗元首相のゼレンスキー大統領批判と宏池会・清和会の抗争
森元首相の発言について、ヤフー・ニュースは次のように伝えている(https://news.yahoo.co.jp/articles/032faf6d4bb48f042af62d94c442c94d8b7db405)。
森喜朗元首相が1月25日、ロシアのウクライナ侵略をめぐり「こんなにウクライナに力入れちゃっていいのかな」などと、日本政府が推進するウクライナ支援や対露制裁の外交姿勢を疑問視する持論を展開した。(中略)
朝日新聞やテレビ朝日によると、森氏は日本とロシアとの関係について「せっかく積み立ててここまできているのに、こんなにウクライナに力入れちゃっていいのかな」「どっちかが勝つ負けるっていう問題じゃない。ロシアが負けるってことはまず考えられない。そういう事態になればもっと大変なことが起きる。そういうときに日本がやっぱり大事な役割をしなきゃならん。それが日本の仕事だと思います」などと主張したという。
Youtubeで早速伝えられたが、一部をキャプチャしてみた。レセプションで持論を述べる森元首相のそばにいるのは、菅義偉前首相。このあと、岸田文雄首相が挨拶し、森元首相の発言内容を知らないまま、森氏を持ち上げた。
森元首相はプーチン大統領と親交があったほか、ウクライナ戦争の原因(NATOの東方拡大によるロシアの封じ込め政策。2014年2月のマイダン暴力クーデターでウクライナを傀儡国にしたこと)を承知している日本維新の会の鈴木宗男参院議員、外務省出身の作家の佐藤優氏とも親しいため、今回の発言になったと思われる。加えて、対米従属派の宏池会(麻生派も宏池会から分離したものの、岸田派との統合による大宏池会構想を志向している。大宏池会の有力首相候補はデジタル大臣などを兼務する河野太郎衆院議員)とは一線を画して日本の対米自立・独立を志向する清和会に所属している。清和会は首相を務めた福田赳夫が組織化した派閥だが、元祖は岸信介に遡る。このため、森本首相は対米従属化(軍備増強)を強める現政権を牽制した意味もあるだろう。
なお、森元首相は自民党の公認を得られず、旧石川一区から泡沫候補の無派閥で出馬し、下馬評を覆してトップ当選した(近隣の家が出火した際、必死の覚悟で飛び込み仏壇を抱えて出て来たことが大評版になった。北陸は親鸞が開祖の浄土真宗など仏教への信仰が厚い土地柄)が、同氏を応援したのは岸である。だから、政治テロで暗殺された安倍晋三元首相の後見人にもなった。
森氏はこれより前、2022年11月18日に都内の東京プリンスホテルで開かれた「鈴木宗男を叱咤激励する会」でも同様の発言を行っている(https://kachimai.jp/article/index.php?no=575491)。なお、森首相(当時)がG8(G7+ロシア)の際、プーチン大統領に「ロシアもNATOに加盟したらどうか」と尋ねたところ、プーチン大統領は「それは米国が許さないだろう」と答えたという。米国はなおやはり、ロシアを敵国視しているというのが偽らざるところだ。
ウクライナ戦争の現状報道として米側陣営は、米国を盟主とするNATO諸国が最新鋭の戦車などの軍事兵器を供与することで最終的には、でウクライナが勝つとの「大本営的」な報道がなされている(例えば、https://news.yahoo.co.jp/articles/7d8adf6c85b636cb2ca2c6fcf360e9174cadabe7)
開始からもうすぐ1年。ウクライナでの戦局が大きな曲がり角を曲がった。アメリカとドイツが2023年1月25日、ついに両国の主力戦車をウクライナへ供与することを決めたからだ。この決定が意味するのは大きく分けて2つある。
1つは、ロシアに占領された領土奪還を目指し、大規模な反攻作戦をこの近く始める構えのウクライナ軍が地上戦での本格的な攻撃能力を得たこと。もう1つは戦争のエスカレーションを懸念し、攻撃能力の提供に慎重だった米欧が「ウクライナを防衛面だけでなく、攻撃面でも支援する」との政治的意思を曲がりなりにも表明したことだ。
ウクライナがロシアとクリミア半島を結ぶクリミア大橋(ケルチ海峡大橋)やロシアの軍事基地を攻撃して以降、ロシアは抑制的なウクライナ攻撃を改め、電力設備など社会インフラを激しく攻撃するようになった。今冬のウクライナ国民の窮状が懸念されている。加えて、米国を盟主とするNATO諸国が、ロシアの攻撃を侮れないと判断したこともあるだろう。米国やドイツが最新鋭戦車の供与を決めた背景には、こうした事情があると思われる。
しかし、外務省出身の国際情勢に詳しい孫崎享氏が、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの報道をもとに述べたところによると、ロシアの人口(1億4千万人程度)の三分の一以下の人口(4400万人程度)しか持たないウクライナでは今年中に戦闘要員の不足が決定的になる。高性能軍事兵器の供与を受けても、戦闘要員が不足すればウクライナ戦争の継続は不可能だ。なお、米側陣営のメディアに登場するウクライナ人は、非ロシア系ウクライナ人ばかりで、ロシア系ウクライナ人も含めたウクライナ国民の心境は不明だ。森元首相はウクライナ国民の間にゼレンスキー大統領への不満が強まっていることを指摘しているが、これは事実だろう。
また、米国の昨年11月の中間選挙では郵便投票の採用による不正選挙が疑われる中、予算編成権と国勢調査権を持つ共和党が222議席を確保し、民主党の213議席を相当上回った。そして、米国では大統領が欠けた場合、副大統領に次いで大統領になる資格のある下院議長にはケビン・マッカーシー議員(カリフォルニア州選出)が選出された。
マッカーシー下院議長は2016年大統領選挙の際にはトランプ候補(前大統領)を支持していたが、その後、距離を置いている模様だ。このため、トランプ派の共和党議員の反発を受け、下院議長の選出は難航に難航を重ねたが結局、トランプ派共和党議員に譲歩する形で15回目の投票でやっと下院議長に選出された。そして、共和党内では青天井のウクライナに対する軍事支援は認めない方向である。今回のような最新鋭の戦車供与が今後も続くとは限らない。
加えて、中東の盟主・サウジアラビやイスラエルのネタニヤフ新政権(右派連立政権)が米国を捨て、中露の支持に回った模様だ(https://tanakanews.com/230108israel.htm)。政治・経済・軍事的には中露を中心としたBRICSや中東産油諸国、ASEAN諸国(中国企業が直接投資しており、裏の世界ではG7諸国政権ほど反中ではない)など非米陣営の結束が強力に進みつつある。一方で、G7諸国を中心とした米側陣営は、対露経済制裁の跳ね返りで、コストプッシュ・インフレが続いている。
米側陣営のインフレ率は、経済成長にほど良いとされるインフレ率2%よりもかなり高い。米英アングロサクソン両国を中心とする米側陣営は、需要抑制政策であるQT(Quantitative Tigtening=量的金融引き締め、中央銀行保有証券を売却して市場から資金を引き揚げること=)を強化することで、インフレ率を引き下げようとしている。しかし、原油や天然ガス、金を始めとする貴金属などの天然資源や穀物などコモディティが豊富なロシアなど非米側陣営が、原油・天然ガスや穀物を安くは売却しないとした場合は、効き目がない。コモデティ市場は売り手に有利な売り手市場になっている。
むしろ、金融引き締めによる証券価格(株式価格や債券価格)の急落が起きるだけだ。インフレと需要抑制政策による不況が併存するスタグフレーションが続く中、金融・商品市場が荒れる展開になる公算が極めて大きい。
森元首相が、ゼレンスキー大統領を批判してウクライナ国民のみならず、東欧諸国も含めた欧州諸国の国民にも害を与えているとの持論を展開しているのも、こうした背景があるからだ。同氏は、大本営発表のような米側メディアの報道に惑わされず、日本は米側陣営と非米側陣営の仲立ちを行い、本来の姿を取り戻すよう自民党、特に岸田首相の所属する宏池会の覚醒を促しているが、意味のあることだ。蜃気楼とも揶揄される森元首相には様々な問題発言が指摘されているが、完全な人間は存在しない。是々非々で評価すべきだが、今回のゼレンスキー政権批判、ウクライナ戦争におけるロシアの勝利予想などは的を射ている。そして背後には、宏池会と清和会との対立・抗争があるのだろう。