「日本一新運動」の原点(289)ー瓦解する(擬似)立憲政治

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○東京オリンピック・パラリンピック大会を考える (その2)

(森喜朗組織委員会会長で果たして東京五輪大会が開けるのか!)

森喜朗元首相をよく知る与野党の長老政治家の中には「組織委員会会長を早く退かせないと東京五輪大会の準備も実行もできなくなる」と心配する人たちが増えてきた。さらに一部には、五輪大会を返上すべきだという意見すらある。福島第一原発事故関係などで新しい事実が出て、物理的条件で返上せざるを得ない問題が発生すれば別だが、一旦引き受けた以上成功させなければ国辱ものとなる。
 
森元首相個人だけの問題ではない。森首相を憲法違反の手続で誕生させたような日本の社会構造に問題がある。即ち、森組織委員会会長を選び出した社会構造に問題があるのだ。森政権樹立の経緯(※)を思い出して欲しい。国政を総理する責任感が当の本人にまったくなく、積極的意思もなく自分たちの私利私欲のために談合して祭り上げ、たちまち馬脚を現した。それでも一年近くは凌いだが、身内も自分も政権を放り出してしまったことを・・。

今回の東京五輪大会の準備段階での不都合な数々の問題は、おそらく森会長個人が関係したことではないだろう。しかし、森元首相を担ぎ上げた人々、それは文部官僚とそのOB、そして文教族といわれる政治家と、旧岸派につながるマフィアのような集団である。その首領にあたる森元首相を組織委員会のトップにすることが自分たちの利益のためにこの人を最適としたわけだ。それは「鮫の脳味噌」と、「蚤の心臓」の持ち主でなければならなかったのだ。残念ながら現状の日本文化の中では能力の一つといえる。見方を変えれば永田町政治の構造的特長ともいえる。1964年の東京五輪大会の時代には、この構造はまだできていなかった。この点をきちんと認識しておくべきだ。

ではどうするか。「文教マフィア集団」を解体することが根本解決だが、これをやるだけで最低10年はかかる。とするとこの集団がなるべく不都合なことができない体制をつくることである。そのためには集団のシンボルである森会長を下ろすしか道はない。

念のため「文教マフィア集団」の実態は何かを考えてみよう。まずこの用語は私の造語で、初めてこのメルマガで使用するものであることをお断りしておく。この集団は自社55年体制が本格的に機能するようになる昭和40年代初期から目立つようになった。先に述べたように、1946年(昭和39年)東京オリンピック大会では姿を見せていなかった。

戦後、日本社会を不都合にした原因として自民党系の人たちがよく使う解説に「日教組が日本人を駄目にした」というのがある。若干はそう言われても仕方ないところがあるが、正確に言うと、「自民党文教族・日教組・文部官僚、そしてその利権にぶら下がる人間の集団」となる。

この集団が「日本人を駄目にし、日本社会を劣化させた」というなら、私はもろ手を挙げて賛成する。現在の「文部科学省」旧「文部省」が持っている、経済的・社会的(教育・宗教・スポーツ・芸術など)利権が巨大であることを知る人は少ない。これを政治的利権に活用するようになったのが昭和40年代からである。

昭和時代に、教育問題で文部省(自民党文教族)対日教組が激突したことがよく報道され目立っている。真実は文部官僚と日教組が〝激突〟したように装い、実は自民党文教族が調整して三者の談合で教育行政は行われていたのである。文部官僚は自民党文教族に文部利権を利用・悪用させ、三者は国民の見えないところで共存関係であったのだ。

そこから何が生まれたか。平成時代になって生まれた内閣総理大臣の内、海部俊樹・小渕恵三・森喜朗が文教族の代表選手であった。総理にならなくとも、河野洋平衆議院議長・西岡武夫参議院議長、そしてなんといっても文教族の旗手として大活躍(暗躍)したのが、渡部恒三衆議院副議長であった。この中で、真面目に文教行政に尽力した政治家は、私が知る限り、西岡武夫氏だけである。

これらの政治家は、それぞれ文教利権が政治活動の原動力であったし、不思議なことに早稲田大学雄弁会の出身者である。そしてこれらの人材を政治的に利用したのが、東京大学出身の親米右翼の文部官僚であった。こういう構造が、東京五輪大会の準備をしているのであり。これが日本社会の深層である。森会長が頭を丸刈りにして済む問題ではない。(続く)

※森首相就任は、当時の自民党有力議員五人(森喜朗、青木幹雄、村上正邦、野中広務、亀井静香)が密室で談合して決めたのではないかと疑惑を持たれている(Wikipedia)。

〇「安保法制廃止のため憲法を学ぼう (5)
 憲法運用の実態をもう少し検証してみたい。

10月21日(水)、衆議院の民主・維新・共産・生活・社民の5党と、無所属を合わせて125人、参議院で84人が賛同して、憲法53条の規定に基づいて臨時国会を召集するよう衆参両院議長に求めた。政府は「首相の外交日程や予算編成を理由」に応じるつもりはないようだ。

野党側は枝野民主党幹事長が「逃げていると言わざるを得ない。安保法制に続いて憲法違反・憲法無視を堂々と行うのか」と記者団に語った、との報道があっただけで、その後特段の動きがない。この問題は、枝野幹事長が指摘するように、野党の要求に内閣が応じないとすれば「憲法違反」である。過去数回、内閣が野党の要求に応じないことがあった。それが憲法違反として、国会側もマスコミ論調も追及することが少なかった。そのために、これまでもウヤムヤにされてきた。これは放置できないことであり如何にあるべきか、論じておきたい。

●憲法第53条【臨時会】
内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

この規定は、議会民主国家と称している日本国にとって最重要規定のひとつである。その理由は議会制民主主義の根本理念は「少数者の意思表示権を絶対的に認める」ことである。「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と、内閣に義務づけている意味は重大である。

我が国のように「会期制」を採用する議会主義国では、基本として国会の権限を行使できる期間が「会期」である。閉会中審査がありこれで代替できるという論があるが、これには制約と限界があり、本会議が開会できないので根本的に性質が違う。また、帝国憲法では、一方的に内閣が事実上の臨時会召集権を独占していた。新憲法で「4分の1」とはいえ、少数意見表示の機会が認められたことは画期的なことであった。

ところが新憲法下の国会になっても日本国の内閣はこの憲法上の義務を遵守する精神がなかった。内閣が都合の悪いときは、何だかんだと屁理屈をつけて実行しなかった。その屁理屈とは憲法の要件により臨時会の要求が提出されても、召集の時期を指定されても、内閣を法的に拘束しないと、文章にしない国会の先例があるからだ。「召集日の日時決定権」は内閣にあると、国会側(事務局)と内閣との「阿吽」の呼吸があるからだ。その理由は「野党側が乱用する恐れがある」ということ。

私は衆議院事務局に在籍して若かりし頃、国会法研究会で「憲法による臨時会召集要求権」が無意味になるようでは、議会主義の根本に関わることなので国会法で担保すべきではないか。例えば「召集の準備をする常識的期間内」に召集することを法的に拘束してはどうかと発言して、上司から「野党乱用論」をもって退けられたことがある。

この問題の重要性は、立憲主義を機能させる前提になることで、集団的自衛権の解釈改憲とか「安保法制」の国会提出・審議などでの数々の憲法違反とは別の意味で重大視しなければならない。前述した枝野民主党幹事長の記者団へのコメント「逃げていると言わざるを得ない」という感覚で済まされるものではないと思う。また、今のところ「安保法制」で立憲主義の確立を聲高に叫んだ何百人の憲法学者からも、強い抗議の声を聞かないことも不思議なことだ。

仮に、菅官房長官が表明するような理由―安倍首相の外遊日程―で憲法の義務を果たさない場合とか、報道されているように、1月4日に常会を召集して代替するようなことがあれば国民運動として対処しなければならない。常識論として野党の要求は正当である。安保法制の実施準備の違法性、TPP問題の欺瞞制、経済の世界規模での停滞、マンション基礎工事の不法事件などなど、国民の国政に対する不信感は限界を超えようとしている。

何故、野党各党はもっと強い主張を展開しないのか。それにしてもマスコミ論調がこの問題を与野党の政争のひとつとしか捉えておらず、憲法の権利と義務の問題として政府与党の姿勢を批判しない。『社会の木鐸』を喪失した国家は民主国家とは呼べない。ようやく朝日新聞が27日の朝刊で採りあげたが、厳しさが不足している。

(続く)

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