これから本格化する米国の金融危機ーコストプッシュ・インフレは金融政策では解決できない(追記:金価格1オンス=2千ドル突破か)
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米国で5月3日、連邦準備精度理事会(FRB)がインフレ抑制のためと称して0.25%の利上げを行ったが、パウエル議長は利上げを停止する可能性もあるとしている。利上げを継続すれば、米国の金融機関の経営が悪化するからだが、これまでFRBが行ってきたQT(Quantitative Tightening=量的金融引締め政策、連邦準備銀行保有の有価証券を売却し(証券価格は下落)、金融市場から資金を引き揚げること=)で金融機関の経営状況はすでに悪化し、多数の銀行が潜在的な経営危機に陥っていると見られる。米国の金融危機はこれから本格化する。

米国中央銀行システムのダッチロール(迷走)

NHKは今回のFRBの利上げについて次のように報道している(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230504/k10014056951000.html)。

アメリカの中央銀行にあたるFRB=連邦準備制度理事会は金融政策を決める会合を開き、3日、銀行破綻が相次ぐなかでも0.25%の利上げを決定したと発表しました。一方、パウエル議長は次回会合で利上げを一時停止する可能性もあるという認識も示しました。

FRBは2日と3日、金融政策を決める会合を開きました。声明では相次いだ銀行破綻について「アメリカの銀行システムは健全だ」としたうえで「信用収縮が経済活動や雇用、インフレに影響を与えるだろうがその程度は不確実だ」と指摘しました。

取り敢えず、米国の「銀行システムは健全だ」ということになっている。しかし、FRBのパウエル議長はインフレ率は物価目標である2%を大きく上回り、ことし3月のPCE・個人消費支出の物価指数が4.2%上昇した。去年の中頃からいくらか落ち着きつつあるが引き続きインフレ圧力は高く、2%の物価目標までは道のりは遠いと述べており、インフレ抑制のためQTを継続してきている。このQTで金融機関保有の株式価格、債券価格などの証券価格は下落しており、金融機関の含み損は大幅に拡大している。

国際情勢解説者の田中宇氏は6日、「米国の銀行危機はまだ序の口」と題する論考を公開した(https://tanakanews.com/230506bank.htm、無料記事)。それによると、米国の金融情勢の真の姿は次のようになっている。まず、リード相当(結論的な内容)の記述を紹介させていただきたい。

金利上昇によって銀行や企業が持っている債券類が減価しても、下落が会計上の評価額に反映されず含み損の状態になっている限り、損失が顕在化せず破綻に至らない。会計規則上、含み損のままで良い債券が多いので、表向き銀行は健全に見える。だが、含み損をすべて損失計上すると、全部で4800行ある米国の銀行のうち2315行が、今すでに債務超過で破綻の状態だ。米国は銀行の半数が「ゾンビ状態」だ。

米国の銀行業界の苦境について、田中氏は次のように述べている。

だが連銀が利上げしたその日、米加州の地方銀行(持株会社)であるパックウエストが、身売りや増資などの生き残り策を検討していると報じられ、破綻間近とみられた同行の株価が1日で60%近くも暴落した。 パックウエストは、3月の銀行危機噴出時すでに「次に危ない銀行群」の1つとして見られていた。同様に危ない銀行とみなされていたウエスタンアライアンスなど、他のいくつかの米地銀の株も5月4日に暴落した。 米国の銀行危機はしだいに大手の銀行へと波及している。「インフレ対策」と称する(間違った)米連銀の継続的な利上げによって債券全体の価格が下がり続け(利回り上昇は債券価値の下落)、銀行危機の再燃が今後も繰り返される。 (Troubled California Bank PacWest Craters 60% On Report It Is Seeking Buyers Or Capital Raise) (Regional Bank Crisis Spreads To Big Banks As PacWest, US Bancorp Tumble, Stocks Dump Amid Widespread Liquidations

銀行界は、米連銀の利上げに合わせて預金金利を上げていかねばならない。米国民の48%が、銀行は潰れるかもしれないのでお金を預けるのが不安だと思っている。ますます金利で釣るしかない。 その一方で、連動して融資の金利を上げるのは難しい。借り手の企業の利払いが増えて経営難になり、返済不能で破綻しかねない。 預金金利を上げないと預金が流出して銀行が潰れてしまう。しかし、貸出金利を上げるのは困難だ。この板挟みで3月以来の銀行の連鎖破綻が起きている。 (48% Of Americans Are Worried About Their Money’s Safety In US Banks, More Than During Peak Of 2008 Crisis

矛盾を解くには、連銀が利上げをやめれば良い。米国のインフレは、物流の詰まりやウクライナ戦争など「供給側」の原因であり、利上げしてもインフレが止まらない。今のインフレに対して利上げは無意味な超愚策だ。 それなのに連銀はインフレ対策として利上げを続け、銀行界の窮地をひどくしている。大馬鹿、もしくは隠れ多極主義(米覇権潰し屋)的だ。銀行危機が再燃して当然だ。 (巨大な金融危機になる

米国の中央銀行システム(FRS=FRBと連邦準備銀行)は、労働省統計局が発表する消費者物価上昇率より、国内総生産(GDP)に関連したPCE・個人消費支出の物価指数上昇率をより重要視しているが、前年同期比でやや低下したとは言え、現在も目標の2%を大幅に上回る4%超になっている。このため、コロナ禍に伴う物流網の寸断に加えて、昨年2022年2月のウクライナ戦争後により顕著になったインフレ抑制のため、金融引き締め(フェデラルファンド・レートの引き上げやQT)を行ってきた。

ただし、現在のインフレの原因は供給不足によるコストプッシュ型のインフレだから、デマンドプル型のインフレを抑制するためのフェデラルファンド・レートの引き上げやQTを継続してもインフレ抑制に成功することはない。むしろ弊害として、①フェデラルファンド・レートの引き上げによる需要の引き締めでデフレ圧力が加わっている➁QTによる証券価格の下落で、金融機関の保有有価証券の価格が下がり、含み損が極めて大きなものになり、金融機関の脆弱性が表面化しているーという弊害が生じている。

このため、FRSとしては金融機関と結託して、長期金利と短期金利の異常な逆転現象という事態を現出し、金融機関の破綻を防いできた。

5月4日にパックウエストなど地銀株が暴落したものの、金融システムの危機には発展せず、5月5日には株価が反騰した。米国では短期金利が5.2%なのに長期金利が3.4%という、ものすごい金利逆転になっている。 これらは、金融界と当局が結託して相場を動かした結果だ。彼ら以外の資金の動きが少ない中で、彼らが望む方向でない動きは圧倒され負けてしまう。 長期金利が4-5%を超えて上がると、それは長期債券の価値の大幅下落になり、銀行など債券の保有者が破綻する。それを避けるため、連銀の利上げで短期金利が上がっても長期金利が上がらないよう金融界が資金注入し、金利逆転の状態を維持している。 (Ex-Fed Pres Kaplan Urges Powell To Pause, Warns ‘Bank Pain Is Just Getting Started’

しかし、長期金利のほうが短期金利よりも高いというのが通常の正常な姿であり、いつまでも長短金利逆転現象を続けられるわけではない。結局のところ、長期金利の引き上げを容認せざるを得ないが、その場合ても、①コストプッシュ型インフレは抑制できない➁景気がデフレ状況に陥り、経済がスタグフレーション化するーという問題が残る。FRBが利上げの一時中断に触れたことは、FRSとしてもこれらのことを既に認識しているのではないかと思われるが、コストプッシュ型インフレの抑制のためにはウクライナ戦争を止めなければならない。メディアでは今月5月のウクライナ側の反撃を「期待」しているが、本サイトでたびたび述べてきたように戦闘要員を著しく欠いているウクライナ側に勝ち目はない。

にもかかわらず、米国を明主とするNATO諸国にはウクライナ戦争を集結させる意図はない。ウクライナのゼレンスキー大統領は次のように語っているとの報道もある(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230430/k10014054021000.html)。

ゼレンスキー大統領「ロシアとの戦闘 何十年と続く可能性も」

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続く中、ウクライナのゼレンスキー大統領はフィンランドの公共放送などのインタビューに応じ、ロシアとの戦闘が今後何十年と続く可能性もあるとの見方を示しました。

FRSとしてもデマンドプル型のインフレを抑制するためのフェデラルファンド・レートの引き上げやQTを継続するほかはない。ところが、これはインフレ抑制には効き目がなく、金融機関の経営悪化とデフレを招くから、パウエル議長としても利上げの停止に言及せざるを得ない状態になっている。

ただし、利上げを停止すればデマンドプル型のインフレ要因がコストプッシュ型のインフレ要因に加わることになる。問題の根本的解決は、NATO諸国(特に米国)がウクライナの敗戦でウクライナ戦争を集結させることで、これしかない。しかし、それがバイデン民主党政権の下ではできないから、米国の金融・経済情勢は今後、厳しくなる一方だ。FRSとしても利上げの一時中断を示唆したとしても結局、再び利上げやQTに踏み切らざるを得なくなるだろう。金融政策のダッチロール(大きな揺れ)を強いられる。

その結果の見通しについて、田中氏は次のように指摘している。

連銀によるさらなる利上げなどによって金利逆転が維持できなくなると、銀行が連鎖破綻して金融大崩壊・ドル崩壊に発展する。 金利上昇によって銀行や企業が持っている債券類の価値が下落しても、その下落が会計上の債券の評価額に反映されず含み損の状態になっている限り、赤字として計上されず、破綻に至らない。会計規則上、含み損のままで良い債券が多いので、表向き銀行は健全経営を続けている。 だが、債券類の含み損をすべて損失として計上すると、全部で4800行ある米国の銀行のうち2315行が、現時点ですでに債務超過で破綻の状態だ。スタンフォードの教授(Amit Seru)がそう言っている。 米国の銀行の半分近くが「ゾンビ状態」になっている。 (Half of America’s banks are potentially insolvent – this is how a credit crunch begins

米国の金利が以前のようなゼロに戻るなら、銀行の含み損は消えて健全経営に戻る。しかし、もうそれはない。インフレは今後もずっと続き、利上げの傾向が続く。 世界経済は米国側と非米側に分割され、非米側はドルを忌避し、米国の債券類も買わなくなっている。 非米側の結束は強まる一方なので、金利上昇と相まって米国の債券は下落傾向が続く。米金融界は含み損が増え、倒産しやすくなる。 世界の貿易決済に占めるドルの割合は2001年に73%だったが、今は47%、そして来年には30%ぐらいに減る。ドルが使われなくなるほど、世界はドル資産の運用先だった米国の債券を買わなくなり、米国の金融と覇権が崩壊していく。 (De-Dollarization Kicks Into High Gear)(中略)

米国では、今年に入ってSVBなど3つの銀行が破綻し、3行合計の破綻した総資産額は5485億ドルだ。リーマンショックが起きた2008年には米国で25の銀行が破綻し、25行合計の破綻資産総額は3736億ドルだった。 すでに今年の銀行危機は、リーマンショックよりも大きな危機になっている。今はまだ5月だ。今年はあと7か月ある。さらに銀行が潰れていく。リーマンよりはるかに大きな危機になる。 (The Banking Collapse Of 2023 Is Now Officially Bigger Than The Banking Collapse Of 2008

1980年代以来ドル覇権の根幹に位置していた債券金融システムが全崩壊していく。米国側の資産の大半が「紙切れ」になる。紙切れの反対側に位置し、これまで40年ずっと価格を抑止されてきた金地金ぐらいしか、資産を体現する道具(=通貨)がなくなっていく。The Global Decline Of Common Sense And The Growing Case For Gold

米国による覇権の崩壊とともに、従来の米国を中心とした国際通貨・金融情勢も大転換を迫られる。

追記:世界経済のネタ帳による近価格の推移(参考)

世界経済のネタ帳による金価格の直近の推移は下図のようになっている。2023年4月の金価格は1トロイオンス(約31グラム)でほとんど2000ドルに達している。これまで、金価格は2000ドルが上限になるように国際決済銀行(BIS)によって操作されてきた。米国の中央銀行システム(FRS)のダッチロール(迷走)で第二次世界大戦後、「国際基軸通貨」とされてきたドルに対する信認が崩れつつあり、その操作も限界に達しつつあるようだ。



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