中東和平は非米側陣営の盟主である中露が主導ー公式的には世界の主導権はG7からG20に移行(追記:金価格見通しとバフムト攻防戦)

日本の広島市で開かれている「華やかなG7サミット」だが、世界の主導権は公式的には既にG20に移行している。G20の主役は中国、ロシアで、中露両国は役割分担を行い、スンニ派(サウジアラビア)とシーア派(イラン)が対立しているアラブ諸国は中国が両派の関係改善外交に乗り出しており、ディアスポラのユダヤ人が多いロシアはイスラエルと上海協力機構に正式加盟したイランとの仲介に努めている。

世界の主導権は既にG7からG20に移行

広島サミットでは最終日の5月21日午後にウクライナのゼレンスキー大統領の訪日・参加が演出され、「華やかな」G7になることが予想されている。

しかし、米国を盟主とするG7諸国は、①資源や穀物に恵まれておらず、対露経済制裁の返り血を浴びてインフレに苦しんでいる➁少子化化が進み、人口構造が高齢化しており、経済社会の活力を喪失している(こうした中で、基本的人権の確立を名目(実際は、総選挙対策)にLGBT法案を国会に提出した岸田文雄政権の少子化対策の本気度が問われている)③G7諸国の盟主である米国が、財政赤字・経常収支赤字・対外累積債務残高で世界最大という致命的弱点を抱えている(中国は保有米国債権を売却している)④米国は財政赤字の上限を法律で決めており、6月1日には新たな上限を定める必要があり、毎年この時期になると「茶番劇」が行われて上限額の引き上げが行われるが、今年は2024年度(2023年10月-2024年9月)予算の編成権は共和党が多数派の下院が握っているため、ウクライナへの軍事支援の削減などが大きな焦点になっており、「茶番劇」にならない可能性が少しはあるーなどの根本的な問題を抱えている。

世界の主導権は公式的にもG7諸国ではなく、中露を中心とし、非米側陣営諸国が発言力を持っているG20諸国(フランス、アメリカ、英国、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、EU)に加え、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ(注:米国への麻薬マフィアが大きな政治的影響力を有している。米墨戦争の可能性も、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコの首脳が参加して毎年開催される国際会議)が世界の主導権握っているというのが偽らざるところである(2023年G20はインでのニューデリーで9月9日から10日に開催の予定)。こうした世界政治の構造的な変化の中で、これまでまったく和平が進まなかった中東で、中国とロシアとの「役割分担」による中東和平が進みつつある。

まず、中国は昨年12月の習近平国家主席のサウジアラビア訪問で、同国の皇太子であり首相でもある最高実力者のムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)皇太子と会談し、人民元建ての原油・天然ガスで合意したほか、「一帯一路構想」でサウジアラビアを盟主とする中東スンニ派諸国を経済的に支援することを約束した。中国はさらに、中国・ロシア・カザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタン・インド・パキスタンの8か国で構成する上海経済協力機構(政治・経済・軍事同盟)に2021年9月17日 、イランを正式加盟させ、サウジアラビア、エジプト、カタールの対話パートナー参加について手続きを行う事を発表したうえで、習近平国家主席のサウジアラビア訪問後、サウジアラビア(スンニ派)とイラン(シーア派)との和解に貢献した。

国際情勢解説者の田中宇氏は5月18日に公開した「中露が役割分担で中東安定化」(https://tanakanews.com/230518mideast.htm。無料記事)と題する論考で次のように指摘されている。

中東のもう一つの対立軸だったサウジアラビアとイラン(スンニとシーア)との対立は昨年、習近平によって劇的に解消された。和解したサウジとイランは今、協調体制を構築する蜜月に入っている。サウジとイランは中国にとって、戦略的な味方・巨大な外交資産に変身した。 中東ではその後、シリア内戦の正式な終結が進められている。シリア内戦ではイランとロシアがアサド政権を支援し、アサド敵視のサウジなどアラブ諸国と対立していたが、イランとサウジの和解をテコに、アラブがアサド敵視を取り下げて和解し、中露アラブイランの全員が仲良くなる構図が立ち上がっている。 トルコも選挙が終わったら、エルドアン続投だとしても、この中に入ってくる。取り残されるイスラエルが、目立たないようにロシアに頼り、自国に対する非難や敵対を軽減しようと思うのは当然だ。露中やアラブは、イスラエルがイランを敵視するのをやめてほしい。イランも、自国やパレスチナ人の尊厳が守られるならイスラエルと和解したい。話し合いの余地は十分ある。 米国の中東覇権が消失するのは時間の問題だ。

中国は表向き、アラブ諸国のスンニ派とシーア派の対立を解消する外交努力を進めており、そのうえでパレスチナ国家の承認などアラブ諸国寄りの姿勢を強めている。ただし、アラブ諸国の天敵であるイスラエルとの対立は望んでいないようであり、イスラエルとアラブ諸国との対立緩和は、ディアスポラのユダヤ人が多いロシアが受け持っているようだ。最近では次のような外交努力などがある。

中東の仇敵どうしであるイスラエルとイランとの敵対緩和・冷たい和平関係の構築を、ロシアが仲介している。5月16日、イラン問題などを担当するイスラエル外務省の審議官級の2人(ユーラシア担当のSimona Halperinと、戦略問題担当のJoshua Zarka)がロシアを訪問したと報じられた。 その前には、5月10日にイランのアブドラヒアン外相がロシアを訪問している。イラン外相は、ロシアと一緒に、シリアとトルコの和解を仲裁するために訪露したことになっているが、話はそれだけだったのか?。 (Israeli officials visited Russia, discussed Iran on rare trip

昨年のウクライナ開戦以来、米国側の外交官は「敵」であるロシアを訪問しないようにしている。米国側の一員であるイスラエル外交官の訪露は異例だ。ロシアがイランを支援しているのをやめさせるためにイスラエル外交官が訪露したという話になっている。 だが、すでにイランは中露中心の事実上の同盟体である上海機構の正式な加盟国であり、ロシアがイラン支援をやめるはずがない。5月16日には、ロシアの海軍司令官(Nikolai Yevmenov)がイランを訪問し、露イランと中国の3カ国で海軍の協力体制を強化することを決めた。露中イランの結束は強まるばかりだ。 (Iran hosts Russian navy chief, seeks to boost China triangle

むしろ、中露主導の多極型覇権体制が中東でも強まり、米国覇権が消失する中で、イスラエルの方がロシアに頼んでイランとの敵対を解きたい。 イスラエルは、米国と組む限りイランを敵視せねばならないが、覇権消失によって米国と組めなくなると、自国の安全保障のためにロシア(露中)と組まねばならなくなる。露中はイランとイスラエルの敵対をやめさせたいので、イスラエルはそれに従ってイランと和解できるし、そうせざるを得ない。 (Iran FM in Russia to talk Syria-Turkey reconciliation while vowing to boost Assad’s military

イスラエルは、イランと和解する前に、サウジアラビアとの和解を完成させたい。イスラエルとサウジの和解の試みは、トランプ米前大統領が進めたが、達成できず途中で止まっている。 トランプはイスラエルと親しくしていたが、バイデンはイスラエルを敵視する民主党左派に引っ張られている。それでもイスラエルは、米国の中東覇権が消失する前にサウジと和解したいので、バイデン政権を加圧してサウジとの和解を進めさせようとしている。 5月7日には、ジェイク・サリバン安保担当補佐官らバイデンの側近たちがサウジとイスラエルを訪問している。サリバンらは、イスラエルのネタニヤフ首相に命じられてサウジを訪問してイスラエルとの和解を売り込み、帰りにイスラエルに寄ってサウジの反応がどうだったのかネタニヤフに報告した。 いまだにイスラエルは米高官を自由に動かせる。米国はイスラエルの言いなりで、サウジにイスラエルとの和解を頼んでいるが、うまくいく可能性は低い。米国の衰退が露呈している。サウジが断っていると、イスラエルは譲歩していく。イスラエルにとって、米衰退後の孤立は破滅だ。いずれパレスチナ問題が進展する。 (For Israel, normalization with Saudi Arabia not impossible

5月15日には、国連総会が史上初めて、パレスチナの「ナクバ(大災厄)」を記念する会合を開いた。1948年にイスラエルがパレスチナ人から土地を奪って建国した前後に、75万人のパレスチナ人が家を追われて難民になった。アラブ・パレスチナ側はこの事件をナクバと呼んでいる。 国連では以前、米国の影響力が強く、イスラエルに牛耳られてきた米国は、国連がナクバを記念することを許さなかった。しかし近年は、中国が主導する発展途上の非米諸国が、米国や日欧など傀儡諸国を押しのけて国連で力を発揮している。 最近はサウジが中国に接近して米国側から非米側に転向し、サウジが率いるアラブ諸国が丸ごと米国覇権下から離脱し、国連を動かしてイスラエル批判を強めさせている。 安保理は米国が拒否権を発動するので動かせないが、国連総会は多数決なので非米側が動かせる。中国とサウジ・アラブが組んで、イスラエルに牛耳られた米国側を追い込んでいる。その一例が、国連総会での史上初のナクバ会合だ。 (For First Time in History, UN Commemorates Palestinian Nakba

要するに、中国とロシアは、中東和平の確立で役割分担を行っていると見られる。米国(精確には米英アングロサクソン国家)一極覇権体制終演後の世界秩序の構築の準備を進めていると見られる。G7諸国は盟主である米国とその従属国家軍の集まりだが、既に述べたようにコモディティ大国でもない中、対露経済制裁の跳ね返りでコストプッシュ型インフレーションに苦しんでいる。こうした中で、米国の中央銀行システム(FRS)は需要引締策であるフェデラルファンドレートの引き上げやQT(Quantitative Tightening=量的金融引締め政策=)を再開している。

これは、G7諸国に物価高と不況が共存するスタグフレーションを引き起こす。日本では経済産業省が主要電力7社の今年6月分からの電力料金引き上げを正式に認めた(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/494449)約15%から40%の大幅引き上げだ。

大手電力7社の電気料金の値上げについて、経済産業省は正式に認可したと発表しました。大手電力7社は、火力発電に使うLNG=液化天然ガスの価格が高騰しコスト負担が大きくなっているとして、去年から順次、経産省に対して家庭向けの電気の「規制料金」の値上げを申請していました。経産省は先ほど7社の値上げをすべて認可すると発表しました。

6月の使用分から値上げとなり、各社の発表によりますと、
▼東京電力 平均15.9%
▼北海道電力 平均23.22%
▼東北電力 平均25.47%
▼北陸電力 平均39.7%

▼中国電力 平均26.11%
▼四国電力 平均28.74%
▼沖縄電力 平均33.3% という値上げ幅となっています。

こうした資源・エネルギー価格の上昇はG7諸国どこも共通だ。これに加えて、米国の財政赤字上限額引き上げ問題もある(https://tanakanews.com/230517mltp.php、有料記事=https://tanakanews.com/intro.htm=)

今回も、ギリギリで上限引き上げが合意されるのだろうか。その可能性はある。しかし今回は従来と異なり、交渉が破綻してデフォルトするかもしれない。 昨年初め、米連銀がQEとゼロ金利をやめてQTと利上げの自滅への道を歩み出し、ウクライナ戦争も始まって米国側が資源類の利権を失う流れが始まった。これは米覇権崩壊と多極化への道であり、911後に米中枢を席巻していった隠れ多極派が、完全に米中枢を牛耳ったことを示している。 米国債のデフォルトは米覇権を崩壊させるので、隠れ多極派にとって大変好都合だ。そう考えると、赤字上限引き上げ交渉が失敗して米国債がデフォルトする展開がありうると感じられる。 (McCarthy Says Debt Ceiling Talks ‘Not In A Good Place’ As Yellen Warns ‘Time Is Running Out’

従来の繰り返しで、ギリギリに赤字上限が引き上げられて事なきを得る可能性もある。それでも、上限引き上げに失敗してデフォルトするかもしれないと喧伝されることで、ドルへの信用が低下する。 非米側がますますドルを使わなくなり、米覇権崩壊と多極化がしだいに加速する。デフォルトしたら劇的な多極化、しなければ少しゆっくりの多極化になる。 (Much Of The Markets Still Don’t Believe The US Can Default

ロシアがウクライナ戦争で敗北することはない。

米側陣営のメディアは、現在既に起こりつつある国際情勢の構造的転換を全く伝えない。米側陣営の国民はもちろん、日本の国民もメディアの報道・論調を軽信してはいけない。

【追記:05月21日午前7時過ぎ】ウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムト攻防戦についてロシア国防省、民間軍事会社ワグネル双方ともバフムトを完全に掌握したと発表した。ウクライナ側は否定しているという(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230521/k10014073651000.html)。ゼレンスキー大統領の広島サミット参加を目前にして、ロシア側の戦況分析を公式に発表した可能性がある。

ウクライナ東部の激戦地バフムトについて、ロシア国防省は完全に掌握したと発表しました。一方でウクライナ軍は、戦闘は依然として続いていると強く否定しています。

ロシア国防省は21日、ウクライナ東部ドネツク州のバフムトについて、民間軍事会社ワグネルとともに攻撃を続けた末に完全に掌握したと、SNSを通じて発表しました。これに先立ちワグネルの代表プリゴジン氏も20日、SNSでバフムトの掌握を宣言し、25日以降に部隊を撤退させるとしていました。ドネツク州の全域掌握をねらうロシアにとって、バフムトはウクライナ側の拠点となっているスロビャンシクなどへの足がかりとして重視してきた街で、ワグネルの戦闘員を中心に長期間にわたって攻撃を続けてきましたが、このところウクライナ軍が周辺の一部を奪還したと発表するなど、激しい攻防が続いてきました。

ウクライナ戦争については、田中氏が04月26日付で「決着ついたウクライナ戦争。今後どうなる」(https://tanakanews.com/230426ukrain.php、有料記事=https://tanakanews.com/intro.htm=)、05月09日付で「多極化観察録」(https://tanakanews.com/230509mltp.php、有料記事)という観測記事を公開していた。

もうウクライナが勝てないことは確定している。事態を軟着陸させて漁夫の利を得るために和平提案した習近平が勝ち組に入っているのも確定的だ。ウクライナが西部だけ残ってポーランドの傘下に入る可能性も高い。米国と西欧の崩壊が顕在化し、東欧は非米側に転じ、NATOが解体する。ウクライナの国家名はたぶん残る(その方が和平が成功した感じを醸成できる)。ゼレンスキーが生き残れるかどうかは怪しい。EUも解体感が強まるが、国権や通貨の統合を解消して元に戻すのは困難だ。EUは再編して存続する可能性がある(注:リード文)。

ウクライナ戦争は、激戦地となったドネツクのバフムトの勝敗が戦争全体の勝敗につながるといわれた。1か月以上前から、バフムト市街の9割を占領したロシア側の勝ちになりそうな感じになっている。(中略)露側は、あと2.5キロ前進すればバフムトからウクライナ側を追い出して占領できる。(中略)

私の分析だと、露政府は意図的にウクライナ戦争を長引かせる策略を進めている。ウクライナ戦争が長引くほど、米覇権の崩壊と非米側の台頭が加速し、ロシアにとって有利になる。 露政府がバフムトに武器弾薬を送らず、ワグネルを苦戦させているのは、米覇権崩壊と世界の非米化・多極化を誘発するために戦争を長引かせたいからでないか。ワグネルは、本当に苦戦しているのでなく、戦争を長引かせたい露政府とぐるになって苦戦の演技をしている可能性もある。 ワグネルは5月5日に「予定されていたウクライナ軍のバフムト反攻がいよいよ始まった。ウクライナは大量の兵器と要員を送り込んできている(このままでは負けそうだ)」と発表した。これも本当かどうか不明だ。 (Ukrainian forces started counteroffensive, have a lot of personnel, weapons – Prigozhin

ワグネルは5月8日に「必要なだけ弾薬を送ると露政府が言ってきた」と発表した。私の「演技説」は間違いだったのか。 それとも、あまり演技を続けると、演技であることを知らない露国内の人々が、演技を本気にして「ワグネルにもっと弾薬を送るべきだ」と騒ぎ出して困るので、このへんでいったん騒動を一段落させたのか。さらに様子を見る必要がある。 (Wagner promised ‘as much ammo as we need’ – Prigozhin

参考:金価格の見通しについて

金価格の見通しについて、東洋経済OnLineのサイトで次のような記事が掲載されている(金価格がドル建てで史上最多金になるのはいつか、https://toyokeizai.net/articles/-/667089?page=2)。米国のFRSの金融政策で金融引締政策が採られるため、一本調子での金価格上昇はありえないともしているが、そもそもFRSの金融引締政策でコストプッシュ・インフレを解消することはできないことを肝に命じておく必要がある。

さらに最重要指標の1つである3月の雇用統計(7日発表)では、非農業部門の雇用数(NFP)が前月比23.6万人増加と、ほぼ予想通りの結果となったが、政府を除く民間の雇用数は180.9万人と予想以下の伸びにとどまった。こうした弱気の経済指標を受け、アメリカの景気が後退へ向かっているとの認識がますます高まっている。景気後退懸念が高まれば、株価の調整圧力が強まり、株式市場から流出した資金の逃避先として金市場が選ばれる可能性は高い。そうした場合は、金価格がさらに上昇する展開も期待できそうだ。

NY金先物は終値ベースで見ると、期近限月(6月)ではすでに2020年8月8日につけた1トロイオンス=2051.5ドルの史上最高値を射程距離にとらえている。市場のボラティリティー(変動率)は一時に比べ落ち着いているが、いつ最高値を更新する展開となっても不思議ではない。

米側陣営の経済のスタグフレーション入りが本館化すれば、安全資産としての金への投資に弾みがつくだろう。


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