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「日本一新運動」の原点(182)―ユニテリアン信仰と北辰妙見信仰は一体

  • 2013年10月13日

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

※平野代表には申し訳ございませんでしたが、掲載が遅くなったのには理由があります。末尾に追記しました。

(哲学者 柄谷行人が縄文未来塾に出る経緯!) 哲学とまったく縁のない世界で生きてきた私が、初めて本格的な哲学の書を読んだのが今年の正月休み、柄谷氏の『哲学の起源』であった。頭脳の秀れない私にとって、きわめて難解で一回読んだくらいでは活字を追っかけることが精一杯だった。


人生の大半を、国会の中でデモクラシーという美辞麗句を飯の種にしていた私にとって、その欺瞞性をどう暴くか、政界引退後の隠れた私の課題であった。その手がかりの場として『日本一新の会』があるともいえる。そこで私は、日本人は縄文文化の思考を参考にして意識改革をすべきではないかと問い掛け続けてきた。『哲学の起源』を二度目に読んだとき「これだ、イソノミヤ(無支配)とは縄文思考ではないか」と直感した。

そんな矢先、国際縄文文学協会の理事長・西垣内堅佑氏から相談が持ち込まれた。「10月の縄文未来塾で“政治と縄文文化”というテーマで、講演かシンポジウムを企画してくれ」という話だった。同協会の理事である私は、そんな話をうわのそらに「ギリシャにも縄文思考があったようだ。柄谷さんの新著を読んでみては!」と勧めた。

10日ほどして西垣内理事長から連絡があり、「これだ。これこそ縄文の国際化の証明だ。10月の未来塾に柄谷氏を呼びたい」と、無茶苦茶なことを言いだした。私は「それは無理というもの。柄谷さんに迷惑をかけるからやめた方がよい」といっておいた。ところが奇跡が起こった。

いろいろなやりとりがあり、講演をしてくれることになった。そんなことで10月18日(金)の縄文塾で、私は柄谷さんの紹介者として発言することになった。大勢の日本一新の会会員のご参加をいただくことに感謝している。(『哲学の起源』に学ぶこと!) 「デモクラシーで自由と平等は背反しますが、イソノミヤでは自由であるが故に平等です」と、哲学者柄谷さんが朝日新聞の文芸批評(1月15日)で述べていたことで、この哲学書は普通の書物ではないと感じ、3度目の解読となった。少し立体的に理解することができた。日本でも同じような考え方があったと記憶を辿ると、坂本龍馬の語録を思い出した。

龍馬が書いたものではないが、龍馬の仲間で影響や薫陶を受けた人たちが集めた龍馬語録―『英将秘訣』というものがある。その中で龍馬の人間観に当たる語録がおもしろい。「人も禽獣も天地の腹中に湧きたる虫にて、天地の父母の心より見れば、さらに差別は有るまじきなり、然れば才物の霊などといふも、戎人の我が誉れに言へる言にて、人は万物の上と言う証拠は更に無き事にあらずや」

宇宙=自然から見た龍馬は、絶対的な自由と平等という、あり得ないものを求めていたのだ、と思っていたのは、柄谷氏の『哲学の起源』を読むまでである。この龍馬の思想こそ「イソノミヤ(無支配)」ではないか。龍馬が大政奉還の直後に暗殺された謎は解明されていない。

原因は、龍馬の「イソノミヤ」思想にあったのではと推論するようになった。薩長藩閥官僚政治を明治維新でつくろうとした人たちは、官位に就くことを拒否し民衆の福寿のために生きようとする龍馬が、危険な存在であったからだ。問題は、龍馬がどうして「イソノミヤ」思想となったか、これを解明しなくてはならない。私には『哲学の起源』が、単なる哲学の概念書ではなく世界を変える実践の書に思えてしかたがなかった。

龍馬の宇宙観の先天的な面は、生まれ育った土佐の自然環境と歴史環境からの影響である。黒潮が直岸する海洋文化の拠点、山岳で背後を囲まれた僻地は縄文文化がさまざまな形で残っている。全国にある僻地は押し並べて縄文文化を基層としている。この文化の特長は、神と自然の一体化である。私は土佐足摺岬の生まれで、いつのまにか「自然が神様だ」という意識が身についていた。「イソノミヤ」思想の原点だ。

話は少し逸れるが、足摺岬には縄文時代の巨岩遺跡があり、そのなかに「舟形岩」と名づけられた船尾が切断された石がある。東京海洋大学名誉教授の茂在寅男氏は「アルゴール船の遺跡だ。古代にギリシャ神話を知っている民族が、黒潮で足摺岬に漂着した可能性がある」と現地で私に語ってくれたことがある。この話を「イソノミヤ」に直結させる気はないが、興味を引く話だ。

龍馬の人生観で後天的なことの影響はふたつある。江戸北辰一刀流道場での北辰妙見思想で、民衆の福寿の実現である。それに河田小龍を通じて学んだ「ジョン万次郎」の米国の草の根デモクラシーである。万次郎は、19世紀中期のボストン周辺の直接民主主義=タウンミーティングを体験し、自由であることが平等であることだと信じていた。参考のため万次郎は足摺岬の生まれだ。

『哲学の起源』では「タウンシップはイソノミヤ的であるといってよい」と述べている(46頁)。さて、この時代の米国の政治思想に大きな影響を与えていたのは、ジェファーソンであった。柄谷氏は「アメリカ革命は独立自営農民のイソノミヤに根ざすものであった。が、その意義は当のアメリカ人によって無視され忘れられていた」と論じている。

アメリカ革命、独立戦争から奴隷解放の南北戦争を指導したワシントン、ジェファーソン、リンカーンなどは、古代ギリシャの「イソノミヤ」を知るはずはない。彼らの共通するのは、キリスト教の長い歴史の中で異端視されていた「ユニテリアン信仰」であった。その信条は「キリストを神とせず神に近い人間とし、人類愛・万人救済・権威に従属せず・異文化や異宗教との融合」にあった。

万次郎はボストン郊外の田舎町で、ユニテリアン教会に通い、信者代表のフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の祖父に可愛がられ、ユニテリアン信仰や草の根デモクラシーを学んでいる。となると「イソノミヤ」→「ユニテリアン」の関係を知りたくなる。龍馬からみれば、米国の草の根デモクラシー、即ちユニテリアン信仰と北辰妙見信仰は一体化であった。

明治時代となって、日本に議会制度を導入する時期に、金子堅太郎や福沢諭吉らがユニテリアン思想を拠り所にしようとした時代があった。この頃のことについては、179号で述べておいたが、日本でも「イソノミヤ」思想に似たというか、近い考えが人々の心を引きつけた時期があったことは、記憶しておくべきことである。

ところで、柄谷氏は『文学界』10月号と11月号に「評論・遊動論 山人と柳田国男」を連載している。十月号の前編しか読んでいないが、執筆の目的に強い興味を引かれる。勝手な推論だが、柄谷氏自身が柳田国男の分析を通じて、日本での「イソノミヤ」的思想の存在を探求しているのではないかと思える。私にとって「イソノミヤ」思想は、哲学の場から社会運動、そして政治運動へ発展させる段階になったと感じるようになった。

最後に、『哲学の起源』の中で、もっとも驚いたのは、物理学についての記述である。「量子力学は、ある意味で、質料と運動は不可分離だというイオニア派の考えを回復したのである」の部分だ。近代物理学は、質料と運動を分離することで成り立っており、アリストテレスから発して、デカルトが示した視点を前提としている。「このような観点を決定的に粉砕したのが量子力学であった」とし、「量子(光や電子のような微粒子)は粒子(質料)であると同時に波動(運動)である」と、柄谷氏はイオニア派の考えを紹介している。

今、私が関わっている「ナノ純銀による放射能低減現象」について、近代物理学者は「放射能は人為的に低減できない」ことが定説であるとして、私たちの実証実験や検証を認めようとしない。近代物理学の定説からいえば、粒子と運動(波動)が分離したものなので、粒子は運動の影響は受けないということだろう。イオニア派即ち、量子学の「粒子と運動が一体」なら、技術の発展で運動の形態が変化すれば、粒子に変化をもたらすことがあり得る。柄谷氏の論を知って、「ナノ純銀による放射能低減」即ち、「核変換」に、さらなる自信を持った。(了)

【追記】
平たく言えば、キリスト教の「正統派」と言われているものは、神とイエスと聖霊の三者を一体とする三位一体論を明確に主張したアタナシウスはである。ローマ皇帝のコンスタンティヌス皇帝はローマの多神教を廃して、キリスト教を国教とし、その教義を確立するため325年、ニケーア公会議を開いた(図はアリウス)。

Arius

ニケーア公会議では三位一体論を主張するアタナシウス派に対立する宗派として、イエス・キリストの人間性を強調するアリウス派が一定の勢力を誇った(コンスタンティヌス大帝自身もアリウス派であったと言われる)が結局、アリウス派は異端として排斥され、アタナシウス派の教義が西方教会の土台となる。ただし、アリウス派が消滅したわけではなく、アラブ世界に広まり、将来のイスラム教の受け皿になったとの解釈がある。

なお、旧約聖書に登場する三大天使(天使長)のうちのガブリエルがマホメットに天啓を告げ、イスラム教が誕生した。残るニ大天使はルーシェル、ミカエルである。日本人からすれば想像を絶する内容だが、旧約聖書やコーランはそういう世界である。

考えてみれば神とイエスと聖霊が一体というのは不可思議な話である。ローマ帝国側の歴史的資料によると、紀元30年ころローマ帝国に反逆し、磔の刑に処せられた「謀反人」が存在したという。「ナザレのイエス」が歴史上の人物―つまり、何と言っても人間―であることは、素朴に考えれば分かることである。

しかし、正統教義アタナシウス派はこれを頑なに認めなかったので、その後も、イエス・キリストの人生を強調する宗派が生起する。431年のエフェソス公会議で異端として排斥されたネストリウス派もその代表的な存在である。このネストリウス派はその後、東方に広まり、中国では「景教」として支持を集める。遣唐使として唐に派遣された空海(弘法大師)が当時の国際都市長安で、仏教のほか、景教をも学んだことは確かなようである。景教のレプリカが、英国のエリザベス・ゴードン夫人によって、高野山の奥の院に祀られている。

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なお、真言宗で言う「大日如来」は「唯一創造神」のことを指すものと理解される。サイト管理者の先祖伝来の宗教は真言宗である。平野先生によると、日本では正統派のアタナシウス派ではなく、イエス・キリストの人間性を強調するユニテリアン信仰が政治や労働運動に多大な影響を与えたとされる。日本における社会主義運動発祥の母体は、ユニテリアン信仰ないしキリスト教であったと思われる。

しかし、ユニテリアン信仰も含め、キリスト教には政治、経済を分析し、アウグスチヌスが説いた「神の国」実現に至る道を明らかにできないでいる。これは、キリスト教の正統進学であるアタナシウス派が、「三位一体論」(キリスト教の奥義)を現代人の理性で理解できるように説得することができないためであると思われる。ここのところを打開して、キリスト教を再構成する必要があろう真性第三次宗教改革が望まれる。恐らく、マックス・ウェーバーはこの問題に切り込む予定だったのだと推察される。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の膨大な注の中に、「聖霊」について述べたくだりがある。

 

 

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