冷戦崩壊・新自由主義破綻後の世界史−ウエーバー=大塚史学の辺境革命論から読み解く(再論・加筆)

昨日2020年8月15日はコロナ禍の中「終戦記念日」として、戦没者を追悼し、平和な世界の実現を祈る「全国戦没者追悼式」が東京・千代田区の日本武道館で行われたのを始め、全国各地で「戦没者慰霊・平和な世界の実現を求める」記念式典が行われた。しかし、1945年8月15日は昭和天皇が日本政府として「ポツダム宣言」受け入れたことをラジオで放送(玉音放送)した日に過ぎない。

正式に日本が敗戦を受け入れたのは、ポツダム宣言受諾の通告後の1945年9月2日である。この日に、東京湾上に停泊したアメリカ戦艦ミズーリの甲板上において、日本側は重光葵外務大臣、梅津美治郎参謀総長が出席し、日本の降伏文書(日本と連合国との間の停戦協定(休戦協定))が調印され、即日発効した。この日が正式な「敗戦の日」だ。「終戦記念日」は戦争責任を明確にしない言葉である。本来は「敗戦の責任を正しく追及し、世界平和実現を記念する日」でなければならない。

明治維新以降の近・現代日本史を正しく総括する必要がある。ただし、戦前・戦後に長らく「史的唯物論」に基づいて世界史が解釈されてきたが、日本では「天皇制(国体)を巡って「共産主義」が講座派と労農派に分裂し、それぞれ日本共産党と社会党(現社民党)に分裂することになった。史的唯物論では、天皇制(国体)を軸にした日本史を正しく解明できない。

これに対して、マックス・ウエーバーの歴史社会学=大塚史学が提唱している「辺境革命論」が史的唯物論を克服できる歴史観になり得る。コロナ禍の中で、戦後の戦後の冷戦は、米国を柱とした1989年12月の米ソ二大国のブッシュ大統領とゴルバチョフ大統領の両首脳がマルタ会談において「冷戦の終結」を宣言し、西側諸国の勝利で集結した。その後、グローバリズムの時代に移行したが、その中核理念である弱肉強食の新自由主義はバブル崩壊を繰り返した挙げ句、コロナ禍でトドメを刺され、米中両国の対立は先鋭化している。脱新自由主義時代を「辺境革命論」を土台に、展望したい。

◎追記:朝日で自ダルによると16日の新型コロナ新規確認者は東京都で260人、陽性率の推測値は5.2%。感染経路不明者の割合は52.3%。全国では午後20時30分時点で1021人、亡くなられた方新規10人。沖縄県は県民だけで60人が新規感染。累計感染者は1618人で、人口は14.57×10万人だから、人口10万人当たりの感染者は111人に上っており、非常に厳しい状況になっている。

●冷戦構造崩壊と新自由主義の破綻をどう見るか

パックス・アメリカーナは新自由主義ともに衰退し、これに世界でパンデミック化したコロナ禍が追い打ちをかけ、破綻が誰の目にも明らかになっている。日本を含む世界の流れ(現代世界)はこれからどうなるのか、あるいは、コロナ禍パンデミックの時代に国際システムはどのような変貌を遂げるのだろうか。

本サイトはこれらの問に、サイト管理者(筆者)なりの模索を行なってみたい。そのために、「現代」を超長期の歴史的なパースペクティブ(観点)から位置づけることを試みる。 歴史観(歴史哲学)としてはカール・マルクスが「経済学批判序文」で提唱した史的唯物論(唯物史観)をたたき台とし、これをマックス・ウェーバーの歴史社会学=大塚史学の観点から再構築するという手順で行いたい。奇しくも、本年2020年はマックス・ウエーバー没後100周年に当たる。

マックス・ウエーバーとカール・マルクス

マックス・ウエーバーとカール・マルクス

マックス・ウエーバーと「プロテスタンティズムの倫理と資本主義」

マックス・ウエーバーと「プロテスタンティズムの倫理と資本主義」

大塚久雄は無協会派のクリスチャンと知られる内村肝臓の孫弟子に当たる。マルクスの資本論などの著作とウエーバーの「世界宗教の経済倫理」「宗教社会学」の研究者として知られ、講座派から出発したもののやがて、マルクスとウエーバーに独自の解釈を打ち立て、講座派から離脱して欧米(特に、英国)に成立した近代資本主義の形成史を独自の視点から体系化し「大塚史学」を構成。。日本学士院会員(1969年)、勲二等旭日重光章(1977年)、文化勲章(1992年)を受賞。

「欧米資本主義」を美化したとの批判もあるが、戦後日本の民主主義の育成の観点からの研究であり、美化することが目的ではなかったと拝察される。キリスト教なしには近代資本主義は成立しなかったことに重点をおいており、サイト管理者(筆者)は直接、東京都八王子市の大学セミナーハウスでの合宿セミナーに参加し、このことを確認した。弱肉強食の新自由主義(今だけ、カネだけ、自分だけ)は近代資本主義が、テクノロジーの高度化を遂げながらも、ウエーバーの指摘した「人類の歴史」とともに古い「金もうけ欲(貪欲)」から生じた前近代的資本主義に暗転したものと思われる。

大塚久雄と著作集全10巻 大塚久雄と著作集全10巻[/caption]

1991年12月末、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が地上から姿を消した。冷戦構造が崩壊してからというもの、マルクス(主義)の威信は地に堕ちた感がある。現代史は、マルクス主義が誤びゅうだったことを明確に示したからだ。もっとも、だからといってマルクス主義に代わる体系的な思想が打ち出され、万民の心を掴んでいるというわけでもない。現代は思想的空白の時代なのだ。

一方、共産主義を崩壊に追い詰めた資本主義陣営ではマーガレット・サッチャー、ロナルド・レーガン、中曽根康弘氏以降「新自由主義(新自由主義)」が席巻して、資本主義を蝕んでいった。ケインズ主義を打倒したかに見えた新自由主義も、破綻に向けて一直線で崩壊しつつあり、コロナ禍が強力な追い打ちをかけているというのが現状である。フランシス・フクヤマの著した「歴史の終わり」とは、「激動期に入り新しい時代を迎える」歴史の始まりだったのである。

このような文明の転換期の時代にあっては、それにふさわしい思想(マックス・ウェーバーが宗教社会学論文集で述べた「歴史の転轍手」)が創造されるものである。「世界宗教の経済倫理序論」(みすず書房)には次のように記載されている。
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人間の行為を直接に支配するものは利害関心(物質的ならびに観念的な)であって、理念ではない。しかし、「理念」によって創りだされた「世界像」は、きわめてしばしば転轍手として起動を決定し、そしてその軌道の上を利害のダイナミックスが人間の行為を推し進めてきたのである。
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要するに、「世界像」(世界観、歴史的には高等宗教が創造し、経済活動の担い手である中産的生産者層がこれを受け入れ、国王ないし諸侯、政治家が宗教と経済の利害関係を調整しながら新しい文明を築いてきた。アーノルド・トインビーが明らかにした「歴史の研究」は文明を歴史の単位とし、その興亡盛衰を描いているが、文明の根底には神話ないし宗教がある)が個々の人間、民族、人類の価値転換を促し、新しい価値観に基づく人間、民族、人類の行為が歴史を創造してきた、このようにマックス・ウェーバーは見ているのである。

サイト管理者は不気味な様相を呈し始めた今日、21世紀を展望した新たな思想を求める動きが胎動することを期待したい。ここに、思想というのは、新しい文明を創出するための理念と政策体系からなる。その際、たたき台になるのが戦前・戦後、多くの人を魅了したマルクスの唯物史観である。何故なら、マルクス主義は既に崩壊したが、近現代における唯一の世界像であったからだ。

さて、マルクスはその著「経済学批判序文」の中で、次のような歴史発展の「公式」なるものを示した。

「社会の物質的生産力は、その発展がある段階に達すると、いままでそれ(生産力)がその中で動いてきた既存の生産関係、あるいは、その法的表現に過ぎない所有関係と矛盾するようになる。生産関係は生産力の発展を支えるものからその桎梏(しっこく)へと一変する。このとき、社会革命の時期が始まるのである。経済的基礎の変化につれて、法律や政治、社会意識など巨大な上部構造全体が徐々にせよ急激にせよ、くつがえる」(岩波文庫版) そして、こうした社会的生産力と社会的生産関係との衝突から勃発する社会革命によって、社会経済体制はアジア的、古代的、封建的、および、近代資本主義的経済体制へと発展し、ついには社会主義経済体制に移行するようになる。

そうして、「人類社会の前史は終わりを付ける」(同)という。 ところで、マルクスのこの社会発展の「公式」なるものは、すでに破綻を宣告されている。実際、いわゆる共産革命の起こったロシアや中国、北朝鮮などは、王朝交替(易姓革命)の後、資本主義が成立・発展しないままに「社会主義化」しており、マルクスの「公式」では説明できない。

日本共産党はかつて「共産主義読本」という書物を刊行して、弁証法的唯物論・史的唯物論(唯物史観)・資本論の入門書に充てていたが、これらは「スターリン主義」を構成するものであり、今では廃刊となっている。同党独自の先進資本主義での「共産革命」のための独自の「共産主義理論」は不明だ。基本的には、「史的唯物論」に基づいた「日本共産党綱領」(最新版を2020年1月に開かれた第28回党大会で採択)が同党の要(かなめ)になっている。

ただし、市場経済を土台にした社会主義革命を目指しているものの(志位和夫常任幹部会委員長の第98回党創立記念演説)、最も重要な所有論の問題については「生産手段の社会化は、その所有・管理・運営が、情勢と条件に応じて多様な形態をとりうるものであり、日本社会にふさわしい独自の形態の探究が重要である」と述べるにとどまっており、明確な社会主義至上経済体制像は描けていない。

さて、後進資本主義国の社会主義・共産主義革命については、ロシアのメンシェビキに属した女性革命家ヴェラ・ザ・スーリッチがカール・マルクスに宛てた手紙で「ロシアのような後発資本主義国で社会主義革命は可能か」と問い、マルクスが「ロシアのような遅れた国では不可能である」と回答している。

ロシアのメンシェビキの女性革命家・ヴェラ・ザ・スーリッチ

ロシアのメンシェビキの女性革命家・ヴェラ・ザ・スーリッチ

さて、かつての「社会主義国」は今や崩壊し、資本主義的な市場経済(中国の赤い資本主義)へと「逆戻り」しているというのが実情だ。ただし、中国の赤い資本主義は、近代資本主義の成立に不可欠な「禁欲的プロテスタンティズムに裏打ちされた資本主義の精神」が決定的に欠けているため、許認可行政を担当する官僚と政商の汚職がはびこり、一人っ子政策を長年採用し続けたこともあって、経済社会に大きな問題が発生していると推測される。こうした歴史の現実はマルクスの「公式」では全く説明できない状況になっている。

このパラドックスを解くカギは、史的唯物論(唯物史観)の「公式」が近現代史の世界史の主役になった欧米文明の歴史に根拠を持っていたというところにある。前述の内容を補足しておくと、日本の昭和初期のマルクス主義者たちはこのことが理解できなかったため、明治維新の性格付けをめぐって「明治維新は市民革命であり、次は社会主義革命を起こさねばならない」とする労農派(滅びた社会党の理論的支柱、若干社会民主党に継承)と、「明治維新は絶対王政の確立なのであり、次には民主主義革命と社会主義革命のニ段階革命が必要である」とする講座派(栄光の自主孤立路線=結果的に対米従属路線を応援する日本共産党の理論的基礎)分裂、マルクス主義運動は対立・構想が続いた。

※本投稿記事は序論です。暫く追加記を書けておりませんでしたので、最近の情勢を踏まえ順次追加記事を投稿します。





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