(3)現代貨幣論(MMT)の2大政策・「就労・賃金保証」プログラムと「貨幣循環量」調整策

「(2)貨幣とは何か」で、現代貨幣理論(MMT)では「貨幣」の本質(国民に対する政府の義務=負債)について説明し、①政府が国債を発行しても財政破綻をしないこと②「機能的財政論」というインフレ率に留意することが国債発行の上限・下限を決定する決め手になることーを説明した。それでは、MMTがこの基本的な認識に基づいて提言している2大政策である「就労・賃金保証」プログラムと「貨幣循環量」調整策について簡潔に紹介したい。なお、MMTでは貨幣の循環(流通)によって、国民総生産(GDP)が形成されるから、「貨幣循環量」調整策というのは、悪性のデフレや高圧のインフレに陥らずに緩やかなインフレ(良いインフレ)のもとで、安定的な経済成長を実現するための諸政策ということである。

「貨幣循環量」調整策は従来の財政・金融政策、良い意味での構造改革政策(産業構造転換政策)、貿易政策を踏襲している。ただし、その政策の立案・実行が安定的な経済成長と産業構造の高度化を含む経済発展と矛盾しないようにすることに注意を促している。さて、政府は本来、「金利が過剰に高騰しない」ように留意しつつ、「失業率は限りなく低く抑え」、そして「賃金が安定的に上昇していく」という状況を目指すことが必要だ。そのために、インフレ率の制御に最大の力点を置きながら財政差政策を発動し、補完的に金融政策を行うことが出来る。また、良い意味での構造改革政策(産業構造転換政策)、貿易政策を実行していかなければならない。

(3.1)「就労・賃金保証」プログラム(Job Guarantee Program=JGP)について

Job Guarantee Program(JGP)は一般に「雇用保証プログラム」と訳されているが、藤井教授の著書はJGPに国民に「(文化的な生活を営める)最低賃金」を保証することも目的であるから、「就労・賃金保証プログラム」と呼んでいる。その意味するところは、失業率が一定以上の高水準にある場合、公務員を増やしたり、公共投資などを行って雇用を生み出し、失業者がいない完全雇用(就労できないか希望しない国民は労働市場から退出している)を目指すとともに政府が設定した最低賃金を実現させることを目指す政策である。「最低賃金」には「文化的な生活を営める水準の賃金」の意味が込められていると理解したい。

MMTに基づいてグリーン・ニューディル政策を訴えているオカシオ・コルテス
MMTに基づいてグリーン・ニューディル政策を訴えている最年少米下院議員のアレキサンドリア=オカシオ・コルテス
歴史的には1929年の世界大恐慌の時に米国政府(フランクリン・ルーズベルト大統領)が行ったニューディール政策がその例だ。ニューディール政策では、大規模な治水事業や道路事業などの公共事業を展開し、全国で1300万人もの人々を雇用した(注:ただし、政府が経済活動や個人の働き方に干渉することを嫌うリバータニアズムを信奉するリバータニアストから攻撃を受け、思うような成果を挙げることはできなかったとの指摘がある。こういう人々は政府と国民の関係を正しく理解していない)。あるいは、MMT論者の一人であるランダル・レイよれば代表的な福祉国家・スウェーデンもこの「就業保証」政策の理念を導入した雇用対策を行っていると指摘されている。
そして、今、米国の最年少下院議員であるアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏は、失業者を減らし、そして最低限の賃金水準を確保することを目的とし、かつ、米国の環境改善を目指した「グリーン・ニューディル」政策を主張しているが、彼女がイメージしている政策論もこの「就労・賃金保証」プログラムなのである(注:来日経験のあるMMTの第一人者であるステファニー・ケルトン米ニューヨーク州立大学教授がブレーンで、コルテス議員のツイッターのフォロワーは600万人を超えている

この就労・賃金保証プログラムのメリットは、①文化的な生活を営むことのできる最低限(日本で言えば全国各地域で定められている最低賃金がめど)の賃金を確保できる②政府が想定する最低賃金で働ける仕事を政府が作り出しておくことで、それ以下の安い賃金で働かせ、違法就労させる「ブラック企業」で働いている人たちの転職を促し、ブラック企業で苦しむ人々を救い出すことが可能になる③ブラック企業の減少・撲滅に役立つーなどのメリットがある。

財源は、新規国債の発行によって賄う。それが可能なことは、(2)貨幣とはなにかー政府が国債によってデフォルトに陥ることはない、で論じた。しかも、公共事業(公共投資)への就労なら、政府(主権者は国民だから、国有財産=国民の財産にもなる)。なお、就労・賃金保証プログラムはエネルギー価格の上昇などの輸入品の価格上昇や消費税率の引き上げなどのコスト・プッシュインフレ(悪いインフレ。賃金は上昇しないのに物価は上昇するから実質賃金は下がる一方で、消費や設備投資が冷え込むために生じる不況下の物価高=スタグフレーション)にも対応できる。何故なら、政府支出の拡大はインフレにつながるから、スタグフレーションをもたらす「悪性インフレ」の側面を徐々に縮小させて、名目賃金の上昇率を引き上げ、それを通して実質賃金の上昇=購買力の回復・引き上げをもたらすことができるからである。

また、過度なインフレに対しても、最低賃金を維持するから、全体としてインフレ抑制効果も出てくる。ただし、どのような公共事業が「就労・賃金保証」プログラムの目的の達成に役立つかについては、経済情勢によって熟慮する必要がある。なお、財政支出も「利権支出」にならないよう、国民全体の役に立つ、社会保障に役に立つ「ワイズ・スペンディング」でならなければならないことは当然だ。

なお、金利とインフレ率とは密接に関係するから、インフレ率は適正に制御しなければならない。下図は、双方の関係を示したグラフである(位置No.957)。

日本は、20年にも及ぶ長期デフレの克服に失敗しており、これに伴って金利も大幅に低下している。この状態は、ガチガチに凍った体に似ている。これは、小泉純一郎政権(当時)以降、「財政再建」という間違った財政規律に囚われ、財政支出を怠ってきたからである。

まずは、「財政再建」という概念を克服しなければならない。そして、積極財政に転じてインフレ率を引き上げなければならない。これまでの政府と日銀(リフレ派)の量的金融緩和政策は、既発国債を購入するだけだったから、民間には資金が流れず、公共投資はもちろん、消費も投資も凍るくらいに冷え込んだままの状態が続いている。

(3.2)「貨幣循環量」(名目、実質の国内総生産=GDP=)の調整策について

これは、藤井教授が著書で次のようにまとめられている。これまでにも実施されてきた財政金融政策、税制・歳出構造改革、市場環境政策(構造改革)を適切に運営することが調整策の中身である。それで、MMTは従来の経済理論・経済政策をちゃんと継承しているわけで、正統な経済理論である。小泉政権以降の自公政権は、真逆の政策を行ってきた。藤井教授が中でも重視されているのが、税制に強力な「ビルト・イン・スタビライザー」を組み込むことである。これは、好況期には税収が増えて景気を冷やし、不況期には税収が減って景気を温めるという 自動調整作用である。

経済成長コントロール策の体系的まとめ
経済成長コントロール策の体系的まとめ(位置No.979)

この自動調整作用は特に、消費税については法律で定めなければならないと指摘されている。ただし、サイト管理者(筆者)は悪税の最たるものであるから、廃止が妥当と考えている。

カナダでは、1990年までは「付加価値税」(日本でいう消費税だが、日本の消費税は付加価値税を改悪した面が強い)が導入されていなかったが、1980年代後半はインフレ率は4%を超えていた。こうした状況の中、1991年に付加価値税を税率7%で導入したところ、90年代のインフレ率はおおよそ2%を下回る水準に抑制された。一方で、景気後退局面に入った2006年7月に付加価値税の税率は6%、2008年1月に5%に引き下げられた。
イギリスにおいても、1991年から17・5%であった付加価値税率をサブプライム危機を受けて2008年12月から2009年12月までに15%に引き下げているし、マレーシアでは、物品・サービス税を、かつて4〜5%の水準にあったインフレ率が1〜2%程度にまで下落していた2018年に「廃止」している。こうした各国政府の振る舞いは、消費税をスタビライザーとして活用したものである(最近ではコロナ禍で欧州諸国は付加価値税を減税した)。
京都大学大学院藤井聡教授
京都大学大学院藤井聡教授

なお、すべての悲観論は超少子・超高齢化社会は変えることができないものと思い込んでいることにある。この根本的問題への対応としては、超高齢化社会はいつまでも続くものではないから、超少子化対策が必要かつ重要である。これには民族(人類)の存続に関わるものだから、宗教・哲学・文学も含めた学際的調査・研究・対策(政策対応)が必要であるが、教育費の高騰という経済問題も大きな比重を占めていることは確かだ。山本太郎代表率いるれいわ新選組が提案しているように、サラ金化している奨学金の徳政令を発出するとともに、高等教育まで含めて、教育の無償化を実現する必要がある。日本の将来を担うのは、児童・生徒・学生・大学院生だから、親と教育機関が安心して優れた人材を排出できる教育システムを構築しなければならない。

超少子・超高齢化社会への対応策
超少子・超高齢化社会への対応策

現代貨幣理論(MMT)の正しい理解と日本の経済社会への創造的な適用が急がれる。なお、インフレが制御不能になるから「財政規律」は守るべきだという「知識人・専門家」ぶった「エリート層」がいるが、日本は当初予算と補正予算を編成できるのであり、財政を拡大したり縮小したりする能力を実際に持っている。これからは、この種の自称「専門家」との戦いになる。



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