「日本一新運動」の原点(285)ー野党共闘はつくれるか?

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

彼岸が過ぎ「安保法制国会」が終わると、急に秋が訪れた。櫻の葉の色づきが何時もより早いと思ったら10月に入っていた。18週続けた「安全保障法制関連法案を廃案にする〝死角〟がありますよ!」も、先週の「安保法制騒動総括記」で幕を閉じる。

次は「安保法制廃止運動」を何としても成功させなければならない。そのため「メルマガ・日本一新」の構成を進化させたい。基本方針として、前半は政治・経済・社会など時々のトピックを評論する。後半では「安保法制廃止」を目指して安全保障の基本問題を連載のかたちで執筆したい。従って、13回続けて中断している『平成の日本改革の原点』の再開は、他日を期すことでご理解頂きたい。

(野党の協力体制はつくれるのか!)

安保法制法の成立で、次なる政治課題は来夏の参議院選挙がどうなるかに移った。多くの国民は、野党の協力による参議院選の勝利が「安保法制法廃止の第一歩」として期待している。野党間の協議も始めているが、今ひとつ先が見えない。年内には基本方針を決めないと国民の期待を裏切ることになる。

野党協力の必要性は、昨年の衆議院選挙で小沢一郎生活の党代表が「オリーブの木方式」による「比例区統一名簿」の選挙協力を提唱して以来、多くの国民は野党協力による政権交代を熱望している。各党もそれに刺激され独自の主張をするようになった。
 
共産党は安保法制が成立した9月19日に、廃止のため「国民連合政府」をつくりたいと野党に呼びかけた。これに対して小沢生活の党代表は「共産党の頭の切替と、素早い行動を他の野党も見習うべきだ」と評価した。

問題はリーダーシップを採るべき野党第一党の民主党だ。岡田代表は「思い切った提案でかなり注目している」と言ったかと思うと、「共産党とは一線を画したい」と話が変わる。民主党内の反対論を気にしてのことだと思うが、それだけではなく岡田代表の性格もあると私は思う。維新の党の松野代表は「共産党から話を聞いてみてからだ」と発言。それでよいのだ。
 
9月25日に共産党・志位委員長と民主党の岡田代表の会談があり、志位委員長は「非常事態だ。私たちも変わらなければならない」と、何時かどこかで聞いた話をした上で「国民連合政府で一致する野党間の選挙協力」を提案した。
 
報道によると、岡田代表は連立前提の選挙協力に慎重で「民主党を支持している保守層・中間層が減り、安保法制の廃止の目的が達成できなくなる」と屁理屈を言ったようだ。〝この期に及んで何を考えているんだ〟と大声を出したくなる。国民の多くは、「全野党の協力ができないと安保法制を廃止できない」ことを承知しているのだ。民主党を支持している保守層と中間層がどれほどいると思っているのか。

教条主義と頭の固さからいえば、どちらが〝共産主義者〟かわからない。となると野党協力の鍵は民主党次第になる。細野政調会長や榛葉参議院国対委員長などはテレビで「共産党なんかと一緒にやれるか」と吐き捨てるような言い方をしていたが、こんなことでは野党協力のリーダーシップは務まらず、国民の期待に応えられないので解党するしかない。

ところで選挙協力とは、まことに不思議なものである。勿論、連立政権樹立といった大義名分が必要ではあるが、時代の流れや地域によっては変わった話もある。それは平成19年夏の参議院選挙の時だ。当時私はノーバッチで民主党高知県連代表だった。高知地方区から武内則男を公認候補としていた。選挙戦に入って小沢代表は当選は無理と判断した。

四国山脈の過疎地で街頭活動をやっていると、旧知の元武闘派で老共産党員が数人顔を出していた。彼らは私がいることを知らずに「民主党の小沢や平野は嫌いだが、当選する可能性のない共産党公認候補に投票するより可能性が少しでもある民主党に投票する」と政治談義をしていた。結果は竹内候補が自民党公認候補を破って当選した。驚いたのは小沢代表で「何かあったのか!」と電話で迫るので、「共産党が4千票くらい協力してくれた」と答えた。

選挙にはいろいろな協力の仕方がある。杓子定規な対応で先ずは相手に不愉快な思いをさせないことだ。共産党は以前から変化しているのだ。そこに気づかないと、多くの国民が期待している〝政権交代〟は空想に終わり、野党第一党の役割は果たせない。

〇「安保法制廃止のため憲法を学ぼう 1

老骨に鞭打ち安保法制法案を廃案にすべく努力したが、力及ばず成立を許した。残念だが、私にとって憲法九条を深いところで勉強する機会になった。これからは安保法制法を廃止する運動のためにも、さらなる検証が必要である。但し、相当に堅い話になるが、安全保障の原点でもあり、しばらくお付き合いをお願いしたい。

(憲法審議での南原繁東大総長の見識)

湾岸紛争は平成3年が明けると湾岸戦争となる。日本の対応に苦慮した小沢自民党幹事長から「憲法9条の本質は何か、自分も考えているが調べてくれないか」との話があった。当時の私は、衆議院委員部長で与野党の相談事が多い時だった。湾岸紛争は国連安保理の決議をベースに国際社会が対応していた。そこで憲法審議の帝国議会での第9条と国連の関係議論を探した。

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昭和21年8月28日、敗戦から1年経った時期に貴族院本会議で、政治哲学の権威で平和主義者で知られている南原繁東大総長の主張が見つかった。その要旨は次のとおり。

国連憲章は国家の自衛権を認めている。現在、国連に特別の独立した兵力の組織(国連軍)がないので必要なときには各加盟国がそれぞれそれを提供する義務を帯びている。将来、日本が国連に加入を許された場合に、果たしてかかる権利と義務をも抛棄(放棄と同義語)されるというのであるか。日本は進んで人類の自由と正義を擁護するために、互いに血と汗の犠牲を払うことによって、相共に世界恒久平和を確立しなければならないのではないか。
  
人類、言語の区別を立ち超えて、世界に普遍的な正義を実現するために各国間の協力が要請されるのである。そのために、功利主義的な、単に現状を維持するというだけではなしに政治経済上のより正しき秩序を建設するために絶えず努力を各国民に依って払わなければならない。日本がこれまでの過誤を精算した以上、将来世界に向かって単に戦争を抛棄することだけを宣言するだけでなしに、進んで世界共同体のあいだにあって実現すべき理想と目的を持つことが必要ではないか。

南原繁東大総長はこう主張したうえで「日本が国連加盟のとき、第9条を整備するのか、衆議院で、第9条第1項の冒頭に挿入修正した『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し』によって、国連への協力を読み込むのか」という主旨の質問を行った。答弁に立った吉田茂首相は南原貴族院議員の主張と質問の重大さに気がつき、困惑気味に、しかし敬意を払いながら次のように答弁した。

「日本が国連に加盟した時、第9条を整備修正するか、運用で対応するか、その時の国民の意向によります」

日本国憲法第9条について、当時のほとんどの日本人は「人類の理想である恒久平和の宣言」と理解すると同時に「丸腰の国家」で存立が可能かという危惧が入り交じっていた。私も安倍内閣が第9条を解釈改憲して集団的自衛権の行使を決定するまで、その程度の認識であった。今回の「安保法制騒動」で、改めて第9条の立案・審議・制定の背景や実状を検証してみて、私は驚くべき実態を知りこれまでの不勉強を反省している。
 
第9条の「戦争の放棄」は日本の過去を懲罰するためだけでなく、理想主義を単純に宣言したものでもない。20世紀になって、第1次、2次世界大戦で、判明しているだけでも兵士・民間人を合わせて3千万人を超える死者を出している。この人類の悲劇を放置できないとする世界の良心的指導者たちがいた。彼らは新しい日本の憲法体制に真の戦争放棄の仕組みをつくろうとしたのである。南原繁東大総長の主張と質問は、その世界の動きを知った南原門下の学究が関わったものであった。

日本国憲法が準備され、立案・審議・制定・施行される間の動きを検証すれば、第9条の歴史的意義と現代的意義がわかる。
(続く)

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