衆参の内閣委員会で破綻した学術法第7条の政府解釈、山尾志桜里衆院議員の政府延命策に加担

国会閉会審査中審査で8、9日の両日、衆参の内閣委員会で2018年(平成30年)11月13日に内閣府日本学術会議事務局が作成したとされる「日本学術法第17条による推薦と内閣府総理大臣の会員の任命権との関係の論理」と題する文書(https://www.it-ishin.com/wp-content/uploads/2020/10/naikakufu20181113.pdf)で、実質的な内閣総理大臣(首相)の日本学術会議会員の任命権を肯定した論理の破綻が明らかになった。

◎追記:10月11日日曜日の新型コロナウイルス感染者は、東京都で午後15時時点で前週4日日曜日の108人から38人増加して146人になった(https://www.fnn.jp/articles/-/61484)。前前週の9月27日日曜日の144人より僅かに増加している。このところ下げ止まりから再拡大への徴候が出て来ている。重症者は東京都の基準で前日比変わらずの24人。東京都のモニタリング(https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/)では、7日移動平均での感染者数は175.9人、PCR検査数は3870.4件だから、陽性率は4.54%。東京都独自の計算方式では3.3%。感染経路不明率は60.09%。全国では午後20時00分の時点で437人感染確認、 2人死亡。東洋経済ONLINE(https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/)では、10月10日時点の実効再生産数は東京が前日比0.06人増加の0.96人、全国が同0.03人増加の0.99人。

この文書の核心部分は、「3.日本学術会議法(日学法)7条第2項に基づく内閣総理大臣の任命権の在り方」である。その内容を以下に引用する。
=======================================================================
内閣総理大臣による会員の任命は、推薦された者についてなされねばならず、推薦されていない者を任命することはできない。その上で、日学法第17条による推薦のとおりに内閣総理大臣が会員を任命すべき義務があるかどうかについて検訳する。

(1) まず、
日本学術会議が内閣総理大臣の所轄の下の国の行政機関であることから、憲法法第65条(「行政権は、内閣に属する」)及び第72条(「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する」)の規定の趣旨に照らし、内閣総理大臣は、会員の任命権者として、日本学術会議に人事を通じて 一定の監督権を行使することができるものであると考えられること

憲法第15条第1項の規定に明らかにされているところの公務員の終局的任命権が国民にあるという国民主権の原理からすれば、任命権者たる内閣総理大臣が、 会員の任命について国民及び国会に対して責任を負えるものでなければならないことからすれば、 内閣総理大臣に、日学法第 17 条による推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えられる。

(※)内閣総理大臣による会員の任命は、推膊を前提とするものであることから「形式的任命」と言われることもあるが、国の行政機関に属する国家公務員の任命であることから、司法権の独立が憲法上保障されているところでの内閣による下級裁判所の裁判官の任命や、 憲法第23条に規定された学閤の自由を保障ずるために大学の自治が認められているところでの文部大臣による大学の学長の任命とは同視することはできないと考えられる。
=======================================================================

内閣府文書の第一の問題点から述べる。内閣府文書では(1)(2)までは、内閣府事務局でも作成することができるが、(3)は日学法の根幹に関わる学術会員の任命に関わるものであり、事務局が単独で作成できるものではない。首相官邸(安倍晋三首相と菅義偉内閣官房長官=当時=)が作成に関わっていたはずであり、そのうえ、憲法第15条第1項「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」、第2項「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」の規定からすれば本来は、国民を代表する国権の最高機関であり、唯一の立法府である国会で審議され、議決を得て承認されなければならないものである。

しかし、実際は国会でのそうした審議や議決はなく、行政権しか持たない内閣(安倍首相と菅義閣官房長官)の指揮で作成されたはずだ。行政権は国会の立法権の下位に属する。つまり、内閣を中心とする行政機構は、国会で定められた法律を実務的に実行することだけが仕事であって、従前からの日本国憲法や法律の解釈を勝手に変更することはできない。業務遂行上必要であれば、従前の解釈変更の必要性について国会に審議をはかり、国会の承認・議決を得る必要があるが、今回は勝手に日学法の解釈を変更した。これは、明らかに実務的な行政権しか与えられていない内閣としては逸脱行為である。

第二は、日本学術会議会員(以下、日学会員)は一般公務員ではなく、特別公務員であるということである。日本経済新聞社のサイト(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64645000V01C20A0PP8000/)では「菅義偉首相は5日の日本経済新聞などのインタビューで、特別職国家公務員である会員の任命責任が首相にある点を踏まえた判断だと説明した」と報道していることから、菅首相が内閣官房長官時代も含めて、日学会員が「特別公務員」であることを認識していることになる。これは、日本学術会議が憲法第23条に定められた「学問の自由は、これを保障する」の規定に則って設置された機関であるからだ。学問の自由とは、①政府の干渉を受けない人文科学、社会科学、自然科学の自由な研究②日本学術会議も含めた研究機関の自律性(研究機関の自由な運営と活動)ーの2点がある。

このため、一般公務員とは異なる特別法である日学法が制定され、日学会員の選定においても日本学術会議の自主性が尊重されてきた。人事(会員の任命と罷免)についても、日学法第7条、17条による「学術会議の推薦に基づく首相の形式的な任命」が適用されなければならない。日本国憲法は内閣の助言と証人に基づいて第6条1項「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」、第2項「天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する」とあるが、「基づいて任命する」というのは形式的な任命のことである。だから、内閣総理大臣も日学法に基づいて、つまり、日本学術会議が推薦する会員については、従来の日学法解釈を変更していないのであれば(加藤勝信官房長官は繰り返し、変更していないと指摘している)、推薦どおりに形式的に任命しなければならない。

日本学術会議会員への任命を拒否した政府側論理の破綻を指摘する日本共産党の田村智子参院議員

記者会見で日本学術会議会員への任命を拒否した政府側論理の破綻を指摘する日本共産党の田村智子参院議員

以後、10月9日の日本共産党の田村智子参院議員(同党政策委員長)の参院内閣委員会の追及による(参考Youtube:https://www.youtube.com/watch?v=aZNrQs44OV0)。

第三は、10月5日に菅首相は「総合的、俯瞰的な活動を(日本学術会議に)確保する観点から、今回の任命(拒否)についても判断した」としているが、「総合的、俯瞰的な活動を(日本学術会議に)確保する観点からの、日学会員の任命の可否を判断する基準があるのか」との田村参院議員の追及に、政府側は「ある」とは断言できなかった。客観的な基準があれば、国民の代表である国権の最高機関である国会に示さなければならないが、ないから示せない。

実際は、「内閣(政権)の主張・政策」に賛同するか否かを、任命判断の基準にしてきたのだろうが、それでは、学問の自由(当然、政府の政策を批判する自由も認め、尊重しなければならない)を否定することになる。

また、憲法15条2項の「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」も保障されていない。実際、菅官房長官を含む安倍前政権は、森友学園、加計学園、桜を見る会(前夜祭含む)、検察庁法第22条「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」を無視して、政権を司法・検察から守るため黒川弘務東京高検検事長(当時)の定年を勝手に延長する閣議決定を強行したことなど、権力の私物化に全力を注いできた。今回の日学会員6人の任命拒否も明らかに憲法15条2項の規定に反する。

第四は、日学法の従来の解釈であった「形式的任命」を否定するのかとの田村参院議員の追及に、内閣府側は「形式的任命は否定しないが、裁量はある」答弁した。これに対して、田村議員は政府側がその根拠として持ち出してきた1966年7月24日の衆議院文京委員会での高辻正己(まさつみ)法制局長官の答弁に対して、次のように正しい解釈を示し、高辻長官の答弁を今回の6人を日学会員の任命拒否にする理由にすることは無理であることを示した。

==============================================================
「大学の自治と国民主権との調整的見地において考えてみますと、単に申し出がありました者が、何らかの理由で気に食わないというようなことではなくて、そういうことで任命しないのはむろん違法であると思いますが、そうではなくて、申し出があった者を任命することが、明らかに法の定める大学の目的に照らして不適当と認められる、任命権の終局的帰属者である国民、ひいては国会に対して責任を果たすゆえんではないと認められる場合には、文部大臣が、申し出のあった者を任命しないことも、理論上の問題として、できないわけではない」との高辻法制局長官の答弁に対して、ここで憲法15条1項が示されている。この考え方に立ったということであれば、任命されなかった6名は、明らかに日本学術会議法の目的に照らして、不適当であると総理大臣が判断したと、憲法15条1項に基づいて(ということになる)。これしか総理の裁量の余地はないことになる。官房長、それでよろしいですか。
==============================================================

政府側は、今回任命されなかった6人の人文・社会科学者が日本学術会議法の目的に照らして不適当であることは示せなかったので、これに答えることができなかった。要するに、今回の6人の科学者の任命拒否は政権側にとって都合が悪いので任命しなかったとしか解釈のしようがない。

日本学術会議会員への任命を拒否された6人の人文・社会科学者

日本学術会議会員への任命を拒否された6人の人文・社会科学者

第五。今回の6人の人文・社会科学者を拒否することは、日学会員の任命は形式的なものだとする1983年の中曽根康弘首相(当時)などの従来の政府答弁を否定するものではないかとの田村参院議員の追及に、政府側は憲法第15条1項を挙げたが、必ずしも推薦の通りに任命しなければならないということまでは、1983年当時においても言及されていない(推薦に基づいた形式的任命をしなければならないということ)。つまり、内閣府側は、任命拒否の正当な理由を説明できなかった。

第六。推薦された人文・社会科学者6人を日学会員として任命を拒否するという国会での答弁はこれまであったのかという田村議員の追及に対して、内閣法制局の木村陽一第一部長は「ない」と回答せざるを得なかった。ただし、田村議員がそうした政府答弁はあるなら、本内閣委員会へ提出するよう求めたところ、水落敏栄内閣委員長が後刻、内閣委員会の理事会で協議するということになった(この発言は、いつもの各委員会委員長の決まり文句)。

第七。田村参院議員は、内閣府(政府)が日学会員の任命権について、形式的任命だけではなく裁量権もあるということになれば(これ自体が矛盾している)、学問の自由が保障されなくなると指摘した。内容は次の通り。

=================================================================================
(1983年の中曽根総理の答弁は)政府の行為、総理の任命は、形式的行為、形式的任命である。だから、学問の自由独立は保障される。逆の言い方をすれば、形式的でなく、裁量権を持って任命の適否を判断すれば、学問の自由が保障されなくなるという答弁ですよ。憲法23条に、学問の自由が規定されている。だから、これまでは形式的任命、推薦の通りに任命が行われてきたということではないんですか?
=================================================================================

これに対して、内閣府側(政府側)は明確な答弁ができなかった。

このように、日学法の法解釈を変更せずに、推薦された人文・社会科学者6人を日学会員として任命を拒否することの正当な理由は存在しない。しかも、加藤官房長官は従来の政府答弁に基づいた日学法の法解釈は変更していないと言い続けているから、今回の菅首相による6人の科学者の任命拒否は日本学術会議法違反である。

日本学術会議会員任命拒否についての政府見解の矛盾

日本学術会議会員任命拒否についての政府見解の矛盾

これについて、日本学術会議の会長を務めた広渡(ひろわたり)清吾東大名誉教授、大西隆東大名誉教授両氏の見解を下記に示しておく。
===============================================================================
(1)法解釈からして誤り 広渡清吾東大名誉教授
政治にとって最も重要な科学に対する関係は、科学が独立して自由に真理を追究することを保障することです。
日本学術会議は何のためにできたのかを政府によく考えていただきたい。日本学術会議の独立性を保障しなければ、科学者の組織を国費でつくって運営している意味がないではありませんか。

日本学術会議法には、「優れた研究又は業績」がある科学者から会員の候補者を選ぶと書いてあります。会員資格はないと首相が言うのなら、この要件に照らしてどうかということを言わなければいけない。もし、政治的な理由で拒否されたとすると、学術会議は次の会員の選考で、この人は政府の法案に反対した声明に参加していたことがある、やめた方がいいと判断するかもしれない。この明らかに日本学術会議法に反した判断に導く恐れのある首相の行動は、法の解釈からすると誤っているとしかいいようがない。単に権限行使するのが首相の責任ではすまない。理由を言わなくては首相の責任は果たせない。

政治は科学にどう向き合うことが必要なのかという根本にふれる問題です。学術会議の活動の独立性を保障するための会員選考の独立性は、学問の自由に位置付けられます。学問の自由に基づいて豊かに発展する学術の成果を政治や社会にどう生かすかという観点から、戦後、日本国憲法が学問の自由を保障した。このことに基づいて置かれたのが学術会議。これをどう考えるのかという問題です。

(2)任命拒否は法律違反 大西隆東大名誉教授
日本学術会議法が定める会員選考基準の本質は、「優れた研究又は業績がある科学者」です。任命しない場合は、この基準に照らして適格でないことが理由になります。これは総理大臣といえども一人で判断できません。それぞれの専門家が集まり、業績を評価して判断しなければならず、それを日本学術会議が行っています。法律にある選考基準と違う基準が適用され、任命が拒否されたのなら、法律違反になります。

2016年の補充人事では、官邸から選考途中でも経過を説明しほしいと言われました。三つのポストに、2人ずつ優先順位をつけたものを届けました。官邸は二つのポストについて『1番ではなく2番の方がいいのでは』と難色を示しました。理由を尋ねても明かされませんでした。
===============================================================================

菅政権は窮地に陥っており、数の力を利用して内閣総理大臣(首相)が日学会員の実質的な任命権を持つように日学法の改正を意図している。これは、学問・言論・思想・信仰・結社の自由という基本的人権を完全に破壊し、日本を政府(菅政権)に対する批判・批判行動・批判団体の結成を許さないファシズム独裁国家を樹立する道を爆進し始めたことを意味する。これを、国民は傍観していてはいけない。やがて、国民一人ひとりに危害が襲い掛かってくる。次期総選挙は、政権奪還が最大の焦点になる。野党第一党の立憲民主党の枝野幸男代表は腹を固めねばならない。

なお、菅政権は行政改革担当大臣にイージスアショアを止めさせる代わりに敵基地攻撃論の火を自民党内につけた河野太郎前防衛相を擁立、行革を通して日本学術会議を軍事研究ができる行政組織に改編する意向であると見られている。

国民民主党の山尾志桜里衆院議員

国民民主党の山尾志桜里衆院議員

さて、この重要な時に、国民民主党の山尾志桜里衆院議員のツイッターが問題になっている。

①日本学術会議が推薦した学者のうち6名が内閣により任命拒否された。この任命拒否には違法の疑いがあり、その疑いを晴らすための説明責任のハードルは相当高く、おそらく菅政権は説明責任を果たすことに失敗する。重要な臨時国会の場をこの失敗のプロセスに浪費すべきではない。
②政府に強くお勧めしたい。臨時国会前に6名を追加任命した上で、日本学術会議の組織と人事の在り方について研究会を立ち上げるべき。そうすれば国会では、この件についても本質的な議論が可能になるし、コロナと経済、米大統領選を踏まえた日本外交など重要な議論の時間もより確保できる。

というものだ。山尾衆院議員(次期総選挙で比例東京ブロックから国民単独一位で立候補予定)は東大法学部卒業後、検察庁に入庁、憲法・法律問題に詳しい。このため、菅・安倍前政権の論理破綻は見抜いてはいる。一見、正しいように見えるが、①日本学術会議への菅首相の人事介入を追及することが、貴重な臨時国会の時間を浪費するということはない。公務員の最終的な任命権は国民にある。臨時国会では国民の代表である国会議員が徹底的にこの問題を追及し、任命拒否を撤回させなければないはずである②日本学術会議の組織と人事に関する研究会を作ることは、菅政権が乗り出している日学法改正(改悪)に手を差し伸べることになる。

国民の玉木雄一郎代表も山尾発言に苦言は呈していないから、国民はやはり政府・自公勢力の補完勢力であることがさらに明らかになった。枝野代表は、野党共闘体制から国民を外し、経済政策にも強い山本太郎代表率いるれいわ新選組(経済政策だけでなく、日米地位協定の改正も党の公約に掲げており、対米隷属からの脱却・日本の独立にも注力している)に加わってもらうことが肝要である。そうでなければ、枝野代表は後世の歴史家から日本の令和時代の独裁国家樹立に手を貸したと評価されるだろう。



おすすめの記事