韓国人元徴用工裁判で韓国大法院が2018年10月30日、新日鉄住金に対し、大阪、釜石、八幡の製鉄所と清津の製鉄所建設に強制動員された韓国人被害者4人に対し、1人当たり1億ウォン(約900万円)の損害賠償を認める判決を確定させて以降、日本の安倍晋三政権は韓国を貿易制裁措置であるホワイトリスト国が外す対抗措置を取り、一方の韓国は軍事情報に関する包括的保全協定(GSOMIA=ジーソミア=)の破棄を通告する(現在は延期)など、日韓関係は悪化の一途を辿っている。どう、日韓関係を改善するのか、探ってみた。
1月20日から開会した通常国会では幾多の疑惑に対して誠意ある答弁を見せない安倍晋三首相であるが、その件に関しては別項で述べる。
本題に戻り、日韓関係が改善しないのは、日露戦争終結後の1905年(明治38年)11月17日に大日本帝国と大韓帝国が締結した第二次日韓協約=乙巳保護条約(いっしほごじょうやく)以降の日韓近現代史の解釈が、両国で完全に整理されていないことが背景にある。韓国は同条約以降、「大韓帝国(当時)は日本の植民地国と化し、日本の統治の圧政に辛酸をなめてきた」との認識であるのに対し、日本の戦後の歴代政府はこれを認めたがらない。そのために、徴用工問題や従軍慰安婦問題などの懸案事項が未解決のままであり、誠意をもって解決されていない。
しかし、日本の歴史と韓国の歴史は密接な関係にあり、現在のような日韓関係の悪化した状態は阻止し、未来志向の関係改善を実現することは急務である。そのための方向を示す「徴用工裁判と日韓請求権協定-韓国大法院判決を読み解く-」が現代人文社から2019年9月5日に刊行され、2020年1月の段階で早くも第4刷になっている。本投稿記事は本書に基づき、徴用工問題の根本を探るとともに、6人の日韓両国の弁護士からなる著者たちの徴用工問題解決への提言を明らかにし、その是非を検討、日韓関係改善へのサイト管理者の私見を述べたい。
さて、徴用工問題は韓国側の主張からすれば、太平洋戦争で日本国民が戦地に動員されて日本国内の労働力が不足するようになり、これを補うために当時の大日本帝国が大韓帝国の国民を国策として強成徴収してきたことが、徴用工問題の発端ということになる。
損害賠償や慰謝料の請求を求めている元徴用工はもちろん多数である。本書表紙カバーには元徴用工の悲惨さについて、1人の少女を例に「戦時下にだまされて日本に連れて来られ、給料も支払われずに過酷な労働を強いられた13歳の少女。戦後、韓国に戻ってからも、日本で被った苦痛を忘れることなどできず、無償労働を強いた日本企業を相手に慰謝料の支払いを求め続けてきました」と記載。続けて「そしてそれがようやく韓国大法院=最高裁判所=での裁判で認められました」と続けている。
これに対して、日本の安倍晋三政権やマスコミは、1965年に締結された日韓請求権協定では、「両締約国及び其の国民」の財産、権利及び請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」との文言を盾に、韓国側が問題を蒸し返したと非難の大合唱を行っている。しかし、元徴用工に対する損害賠償および慰謝料請求に関する解釈は同協定締結後、日韓両国でさまざまな変遷を遂げてきた。韓国大法院の判決は、その変遷の末の判決なのである。そこで、日本および韓国の解釈の変遷の大筋を同書に基づいて記してみたい。
第一に、日本側である。日韓請求権協定に関する日本政府側の解釈は1966年の「日韓条約と国内法の解説」(「時の法令別冊」、大蔵省印刷局)によると、「完全かつ最終的に解決」とは両国が外交保護権を放棄するという意味であり、個人の権利を消滅させることではないとの解釈であった。この解釈によると、韓国政府としては日本政府に対して外交ルートで元徴用工の損害賠償や慰謝料請求を行うことはできないが、元徴用工個人としては原告として日本企業に対して裁判で損害賠償(給料の未払いなど)や慰謝料を請求する訴訟を行うことができるということになる。
この解釈は長らく続いており、1991年8月27日にも柳井俊二外務省条約局長は国会で、「日韓請求権協定におきまして両国間の請求権問題は最終的かつ完全に解決されたわけでございます。その意味するところでございますけれども、(中略)これは日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」との見解を述べている。
こうしたことから、そこで、元徴用工たちは日本で裁判を起こし、訴訟を有利に展開するようになった。これに慌てたのが日本政府であろう。日本国憲法では、「第六条【天皇の任命権】1 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する」、「第七十九条【最高裁判所の構成、最高裁判所の裁判官】」で、「1 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する」と定めている。この二つの条項に加えて、総理大臣(首相)は他の国務大臣を罷免できるから事実上、行政府の長(総理大臣)が最高裁判所の長官を事実上任命することができ、内閣が実質的には他の最高裁裁判官(判事)、そして最高裁が下級裁判所の構成を定めることができることになっている。実務は、最高裁事務総局が行うが、同総局で政治的な忖度が加えられているとの見方がもっぱらである。
この第6条と第79条は国権の最高機関を国会と定めた基本理念と矛盾する。要するに、日本国憲法では三権分立が徹底されていないのである。本書に詳しい(36頁)が、韓国では大法院の裁判官は裁判長を始めとして大統領が指名しても、国会で政治家との交友関係や資産はもちろん私生活まで含めて徹底的に調査されたうえで、任命される。この徹底追求に耐えられず、指名を辞退した大法院裁判官候補も存在する。
なお、日本の検察制度も大きな問題がある。最高検察庁の検事総長の定年は例外的に65歳で、それ以外の検察官の定年は63歳。ところが、安倍政権は東京高等検察庁の黒川弘務検事長(今年2月8日で満63歳、この日で定年退職するはずだった)の任期を半年延長した。これで、安倍政権は同政権に近いとされる黒川氏が検事総長に就任する道を開いた。検察庁はロッキード事件で象徴されるように、時の最高権力者である首相をも逮捕する。検察庁は内閣からの人事介入を阻止し、内閣から独立でなければならない。これが今国会のひとつの大きな問題になっている。要するに、司法・検察は行政府からは独立していない。日本国憲法ならびに行政慣例では三権分立が徹底されていないのである。
こうした日本国憲法の矛盾が噴出して、日本の裁判では上級審になればなるほど政府よりの判決が下される。元徴用工問題では、日本政府が2000年前後から従来の解釈を突然変更し、韓国人被害者を含むあらゆる戦後補償裁判で条約(サンフランシスコ平和条約、日韓請求権協定、日華平和条約)により、請求権問題は解決済みと主張するようになった。
これを受けて、日本の裁判所側から元徴用工裁判問題に終止符を打とうとしたのが、2007年4月27日に最高裁が判決を下した西松建設強制労働損害賠償裁判である。この最高裁判決は、➀個人の請求権は確かに存在する②しかし、サンフランシスコ平和条約の枠組みは「個人の請求権を裁判で解決すると、関係国と国民に大きな負担を負わせ混乱が起きるかも知れないから、個人の請求権は裁判で請求できないことにする」との判断に立っている③日中共同声明もこの枠組みにあるため、中国国民個人も裁判で損害賠償や慰謝料を請求できなくなった④個人の請求権については、中国人被害者と当該被告企業との和解で解決を図ることは差し支えない-との判断を下した。この判決に基づいて、西松建設は株主訴訟を起こされることなく、原告側と和解交渉を行い、和解が成立した。
この最高裁判決に対して本書の著者である弁護士らは、➀サンフランシスコ平和条約のどこにも「個人の請求権については裁判で請求することはできないとは記載されていない(原爆裁判では原告被害者が日本政府相手に訴訟を起こした)②中国や韓国もサンフランシスコ平和条約には参加していない③日中共同声明では「(損害賠償請求権を)放棄する)」の主語は中華人民共和国政府であり、中国の国民の請求権を放棄するとは一言も書かれていない。
さらに、日本が批准している世界人権宣言の第10条や国際人権規約(自由権規約)の第14条では、日本は個人の人権の尊厳を守るため、裁判を受ける権利を保障する国際法上の義務を負っていると指摘し、権利があったとしても裁判では請求できないという最高裁の判断は、人権尊重の戦後の歴史的風潮と真っ向から対立すると批判している。
しかし、最高裁判決で損害賠償、慰謝料請求を裁判所に提訴することは否定されたため、これが韓国人元徴用工の裁判にも適用され、韓国人被害者の請求権も日韓請求権協定で裁判では請求できなくなったとして、すべての日本での裁判で原告側が敗訴するようになった。こうした経緯から、日韓請求権協定については2007年4月27日の最高裁判決を堺に日本政府の解釈が180度転換し、➀2007年以前は裁判での解決を容認②2007年以降は裁判に訴えることは認められず、当事者間で解決すべき問題-ということになった。
これは、事実上、行政の支配下にある最高裁判所が日本政府の意向を忖度したものであろう。砂川事件で自衛隊は意見との判断を下した伊達秋雄裁判長の判決(伊達判決)が跳躍上告により差し戻しになり、結局は同判決が覆されたのも、米国政府の意向に沿って動いたダグラス・マッカーサーⅡ世の日本政府に対する暗躍があり、その米国側の指示に基づいて日本政府が最高裁に働きかけたことは周知の事実である。日本国憲法第79条は、近現代国家の基本原理である三権分立の理念からは大いに問題がある。
ただし、さすがの日本国政府も元徴用工被害者個人の請求権が消滅してはいないとの解釈は変えていない。ただし、元徴用工被害者と加害者企業との和解を積極的に勧めているとは言い難く、むしろ、第二次安倍晋三政権下ではそうした動きを阻止しているように見える。企業も加えて、経営陣が「株主訴訟」で訴えられることを恐れ、消極的のようだ。この結果について、韓国側はどのように対処したのか(続く)。
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