「日本一新運動」の原点(284)ー戦争法案「廃案への死角」は「廃止への死角」に

日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観

○安保法制騒動総括記!

9月19日(土)未明、戦後70年の我が国の再建と平和の根底であった憲法9条を我が国の国会が崩壊させた。安保法制諸法案の成立である。日米新ガイドラインからいえば、足掛け6ヵ月にわたる阻止運動に日本一新の会の皆さん、本当によく頑張って活動していただいた。連載した「廃案への死角」は「廃止への死角」と変身して再出発したいのでよろしくお願いしたい。先ず、廃案に追い込めなかった敗因を総括しておきたい。

1)自民党全体が「岸派化」した悲劇!

戦後70年のうち約40年は自民党という政党が一党で独占的に政権を続けた。それができたのは、自民党内のタカ派とハト派の擬似的に政権を交代させるという「振り子の原理」といわれるものであった。その対立点は憲法問題で、その中でも第9条(戦争の放棄)が中心であった。「60年安保改定」(昭和35年)
の岸信介首相の狙いは、米国と軍事的一体化を強引に実現しようとするもので、『60年安保』と称される政治史に残る政治騒乱の中で引退し、憲法改正に着手はできなかった。

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この騒動を反省した保守本流は「戦前の軍事国家に戻してはならない」とする理念のもとに米ソ冷戦下米国とのかけひきにより、政権を担当するようになる、第9条改憲論の中曽根康弘氏が自民党政権の総理となった時(昭和56年)でさえ、「中曽根政権では憲法改正を提起しない」と公言し、政界引退後はむしろ護憲的発言をするようになる。

自由民権運動の発祥地を故郷とする私は、幼児の頃から、土佐自由党の古老たちから話を聞いて育った。そんな関係で吉田自由党の政治家たちに反発したり、世話になって青春時代を過ごした。就職先も衆議院事務局で、偶然か必然か、吉田茂・林譲治・池田勇人らの理念と政策を継承する前尾繁三郎が衆議院議長の時期、秘書役となる。前尾議長は時間があれば戦時中の大蔵省の話、戦後政界の話を「若い者に歴史の真実を知ってもらいたい」といって話してくれた。

その中で記憶に残っているのは「岸派系統には福田赳夫君のような立派な人物もいるが、岸派が主流の政権ができた時、政治運営が常識や道理で行わない、自己本位の嘘言や不誠実な政治が行われる」という話だ。そういえば岸首相の出現は、石橋湛山首相の病気退陣が直接の原因だった。森喜朗首相の出現も、小渕首相の病気で宏池会を外した談合クーデターだった。

かくして保守本流は消えた。森首相から続く岸派系統の政権、麻生首相は吉田茂の孫とはいえ、これも前尾議長が「政治家にしてはいけない」と反対した人物だった。劣化したマスメディアと巨大企業の指導者たちと共謀しての、自民党の総岸派化といえる。谷垣幹事長(旧宏池会)、高村副総裁(旧三木派)らは先人の理念を忘れたのか。自民党は岸信介の怨念の中で生存しているといえよう。

成立した安保法制諸法案を廃止するための方策のスタートは、総岸派化した自民党の実態を国民に知ってもらうことである。そこで私は、八月二十六日の『ぶっ壊せ! アベ安保法制』を機に、目下『自民党は憲法違反が大好き』(仮題)を執筆中である。

2)安保法制を廃案にできなかった民主党の事情(幻の国会決議)
安保法制を廃案にする勝負時は提出前にあった。本気で廃案にする気なら解釈改憲や新ガイドラインの違憲性、日米安全保障条約改定の必要性で勝負できた。さらに10本を1本の法案にまとめると国会の審議権を侵害する憲法問題もあった。何故ここで戦わないのか。原因は多くの幹部が心理的に「限定的集団的自衛権」に支持・賛成していたからである。

審議直前の党首討論で岡田代表は「集団的自衛権の限定使用は理解できる」と発言している。集団的自衛権の本質を知らないからだ。憲法学者が『違憲』に火を付け、国民レベルで燃え上がると「あらゆる方法で廃案にする」と言い換えた。期待していたが「牛歩」が変じ、半端な「牛タン」でお茶を濁しただけだった。

問題の重大さに対してどんな抵抗をするかにポイントがある。立憲政治や法の支配を破壊しようとする安倍自公政権に対しては、「牛歩」でも不十分だ。安保法制に反対する議員の総辞職でも足りないくらいだ。「国民の評判」が気に掛かるようであれば懸命に説得すればよい。衆議院本会議で安倍内閣不信任案が審議されている19日夜、国会正門前のデモに参加し、参議院民主党議員の報告演説を聞いたが、私の周囲では不満を持つ人が多かった。

「民主党のままだと、廃止法は成立しませんな!」と、私に声をかけた人物もいた。民主党が、本気で党を挙げて廃案にしようと考えるなら、どうして私に相談に来ないのか。衆参両院にかけて、強行採決やそれへの抵抗を与野党から相談を受けて45年間、善事も悪事も、ことこのことなら本邦随一の経験と情報を持つ私である。引退して10年も過ぎると世の中は冷たいものだ。そう思いながら、17日午後8時頃、妻を亡くして約半年、一人で夕食をつくり後始末をしていると、民主党の元衆議院国対委員長から電話。

○元国対委員長 民主党から相談を受けているだろう。いろいろ 世話になって有り難い。
○平野 当初は何人からか相談があった。8月に入ってから何にも言ってこない。
○元国対委員長 小沢アレルギーが残っているんだ。廃案でも廃止でも、小沢さんの力が要ることは国民が一番知っているのに ・・・・・。ところで、参議院の民主党国対委員長が親しくて、廃案にできなくとも〝これは〟という実績を残すようにしてやりたい。何か考えて欲しい。
○平野 わかった。気になっていたので、明朝メモをファックスするよ。

ということで、次のメモを届けた。

安保法制法案をさらに引き延ばすため、従前の先議案件でなく、政治的先議案件でかつ国民の新しいデモクラシー意識を高揚させるため次の決議案を提出すること。上程を与党が拒否しても案文をつくり公表すること。それが国会正門前デモの精神の継承となる。決議案文は次の通り。

○平和憲法擁護に関する決議(案)
平和憲法を擁護するため安保法制法案を廃案とすべきである。右決議する。

国会議員は、憲法第99条により、憲法を尊重し、擁護する義務を負っている。去る9月17日、「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」で不法不当に可決された安保法制諸法案は、安倍内閣が憲法第9条を解釈改憲した集団的自衛権の行使に基づくもので、平和憲法の根底を崩壊させたものである。

集団的自衛権の不行使は、日本国憲法の立案や制定の中で確立され、日本人が戦後70年の平和国家の血肉となった国是である。衆参両院の審議をはじめ、司法界、内閣法制局の元長官、憲法学会等各学識経験者のほとんどから違憲との指摘が渦となっている。大多数の国民は、解釈改憲が戦争の道になると危惧するに至っている。

もし、これらの法案が成立し施行されると、違憲の判決が行われる可能性があると元最高裁判事の公聴会での発言もあり、平和憲法の法的安定性を確保するために、廃案とすべきである。

このアイディアは、19日午前中には民主党関係者に知らされている。決議案文が届けられたかどうか確認できていない。いずれにしても〝幻の国会決議〟となったことは確実・・・・・。

(安保法制国会審議で学んだこと)
安保法制国会審議の騒動で不快なことばかりであったが、唯一、非常に勉強になったことがある。学生団体「SEALDs」の奥田愛基君の参議院公聴会での発言である。「どうか政治家の先生たちも個人でいてください。政治家である前に、派閥に属する前に、グループに属する前に、たった一人の個人であってください。自分を信じる正しさに向かい、勇気を出して孤独に思考し、判断し、行動してください」

実は私は、生涯の師前尾繁三郎元衆議院議長の遺言、「政治家である前に人間であれ」を50年前に預かっていた。何となく意味を理解したつもりだったが、奥田君の公述を聞いて〝これだ〟と具体的に感得した。傘寿を迎えても学ぶことは多い。

(「平成の日本の政治改革の原点」は休みました)

 

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